読後の余韻を楽しむ小説 西加奈子著「窓の魚」新潮文庫

私にはお気に入りの場所があります。
もうずいぶん昔からのお気に入りで、一人になりたいとき、悲しいとき、激しい怒りが収まらないときなど、車でその場所に向かいます。

そこは川に面した緑地公園で、休日の天気のいい日などは家族連れでバーベキューをしたり、犬の散歩、ジョギング等で多くの人で賑わうのですが、平日は閑散としています。
私が行くのはもちろん人がいない平日のみ。

車を停めて車内でひとしきり泣いたり、暴言の限りを吐き尽したり、あるいは何もせずぼーっとしたり…。
そのうちに馬鹿らしくなり家に帰ります。

先日、―あ、でも、もう数年行ってないな…。そう思ったとたん、なんだか急にあの場所が懐かしくなり、今すぐ行きたくなりました。
―しかし、取り立てて今はあまり悲しくもないし、怒ってもないし…。
なにをしよう…。
その時、閃いたのです。
―そうだ、本を読もう!

どうして今まで思いつかなかったんだろう?あの場所で川の音と風の音をBGMに読書なんて最高の贅沢なのに…。車内は狭いけれど…。

ということで、珍しく即、動いた私でした。

うん、やっぱり、最高でしたよ。とても集中して読めました。
今度はボトルに温かいコーヒーとクッションと暗くなったとき用にランタンを持っていこう。
…。ん?まるでソロキャンみたいだ。

さて、今回ご紹介する小説は西加奈子さんの「窓の魚」です。その時に読んだ本です。



では、あらすじを簡単に

4人で温泉に行こうと言ったのは誰だったか?
ハルナだった気もするし、アキオだった気もする。トウヤマはない。決してない。
そして私でもない…。
ぼんやりしているうちに日程も場所も決まってしまった。ナツは忘れてしまっています。
静かなナツ、優しいアキオ、可愛いハルナ、無関心なトウヤマ。温泉宿で1夜を過ごす2組の恋人たち。
温泉に浸かったり、テーブルに乗りきらない料理を食べ、ビールを飲む。
時折、庭園の茂みから猫の泣き声が聞こえて来ます。
そして、翌朝、宿の庭にある池に一人の女の死体が浮かび…。

作家情報

作者は西加奈子さんです。1977年、イラン・テヘランで生まれます。
テヘランにいたのは2歳までで小学校1年生から5年生まで、エジプトはカイロに在住していました。
その後は大阪で育ち、ご本人曰く根っからの大阪人ということです。
以前ご紹介した「漁港の肉子ちゃん」も西さんの作品です。
そういえば、肉子ちゃんも根っからの大阪人と言う感じでした。
「漁港の肉子ちゃん」は明石家さんまさんが企画・プロデュースした劇場アニメが2021年6月11日に公開されます。肉子ちゃんの声優は大竹しのぶさんのようですよ。

気怠い

さて、本作は「漁港の肉子ちゃん」の雰囲気とは全く違う作品です。

主要な登場人物はナツ、アキオ、ハルナ、トウヤマ、の4名。
章ごとに語り手が変わり、ナツ、トウヤマ、ハルナ、アキオと言う順番で進みます。
同じ場所、時間を共有していてもそれぞれ全く見るものも、感じるものも違うのだというのが丁寧な人物描写を通じてわかります。

そして、西さんの文章全体からジワリとにじみ出るなんとも言えない気怠い感じ…。その気怠さが物語全体を覆いつくし、もう何が何やらぞわぞわと落ち着かない感覚に襲われました。

この4人、普通に仲良く温泉に来ているように見えて、実は4人とも言いようのない、歪な深い闇を抱えています。
闇と言うより、どこか欠けていると言った方が合っているかな?
それは決して交わるものではないのですが、どうしようもなく互いを求めあってしまいます。

流れるように流麗な文体で表される宿の詳細な描写、自然の風景など、すんなりと頭の中で映像としてイメージが出来てしまう…。
ただし、錦鯉は怖かった。
読後に訪れる不思議な余韻をじっくり味わうための作品です。

窓の魚
著者:西加奈子
出版社:新潮社
発行:2008年6月27日

※画像はAmazonより引用させていただきました

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