喜びも悲しみも1本の毛糸に紡いでいく。書籍「ミ・ト・ン」小川糸著 平澤まりこ画
毎年冬になると編み物がしたくなり、目についた毛糸を買ってしまいます。
本屋さんに行けば編み物の本を手に取り
「あ、今年はこれを編もうかな?」
「これも素敵!」
…。そして何も残らない。
作ろうとはするんですよ。
けれど、新しく素敵な毛糸や、美しい作品に出合ってしまうと今まで作っていたものを片隅に追いやり、新しい毛糸で違うものを作り出しちゃうんですよ。
毎年その繰り返し。そ
して冬が終わってしまうのです。
毛糸の在庫と網かけの何かを残したまま。
ちなみに、編み物は上手くはないです。
あ、でも、最近はマスク作ったな。
そのせいか、マスク用の毛糸が最近は増えました。
途中経過の物もいくつか…。
冬が過ぎてもループは続きそうです。
誰か私を止めてください。
さて、今回ご紹介する小説は小川糸さんの「ミ・ト・ン」です。
カバーに描かれているのはミトンの文様です。
飾っておきたいくらい可愛いですね。
では、あらすじを簡単に。
~とても寒い冬の朝、マリカは産声を上げました。マリカが生まれたのはルップマイゼ共和国。ルップマイゼ共和国が誕生したのはマリカが生まれる1月前ほどです。そうです、マリカとルップマイゼ共和国は同い年ということになります。マリカは家族の温かい愛情をうけ、すくすくと成長します。大きな病気もせず、風邪もほとんどひいたことがありません。そしてお兄さんたちと外で遊ぶことが大好きです。でも、代々受け継がれる糸紡ぎや手袋を編むのは大の苦手です。おばあさんが根気よく教えてもすべてほっぽり投げてしまいます。
そんな彼女も恋をします。苦しくて、苦しくて息が詰まりそうです。相手は同じダンスクラブでペアを組む1つ年上のヤーニスです。この国では「好き」という気持ちやプロポーズの返事を、手袋の色や模様で伝えます。
マリカはおばあさんに手ほどきを受け、想いを込めて編んでいきます。―
作者の小川糸さんは1999年、雑誌『リトルモア』に「密葬とカレー」を発表し小説家デビューを果たします。
2008年に出版された「食堂かたつむり」は女性読者からの支持を受けて売上部数82万部を超えるベストセラーとなります。
そして2010年に富永まい監督、柴咲コウさん主演により映画化もされました。
イラストは平澤まりこさんです。
装画や広告のほか、商品ロゴやパッケージ、絵本の制作を手がけるなど、多岐に渡る分野で活動されています。
国内外を旅して記したエッセイなども多数刊行しています。
著書に『イタリアでのこと』(集英社)、『旅とデザート、ときどきおやつ』(河出書房新社)などあります。
マリカの住むルップマイゼ共和国はラトビア共和国をモデルにした架空の国です。
ラトビア共和国はバルト三国のひとつで、人口わずか200万人程の小さな国です。
作者の小川さんは「ミ・ト・ン」完成まで3度、実際に訪れたそうです。
ルップマイゼ共和国には、目に見えない神様がたくさんいて、それぞれの神様は簡単な文様であらわされています。
ミトンだけではなく、身の回りの服やタオルなどにも記されます。
日本にも同じように自然の物にはすべて神が宿っているとの考え方があります。
“八百万の神”ですね。
読んでいてなぜか郷愁のような懐かしさと親しみを覚えたのはそのせいかな?
おとぎ話のように優しい言葉で丁寧に描かれる物語は、頭の中に、森の空気、光、音まで浮かんでくるようです。
まるで、マリカと過ごしているかのような心地よさも感じられます。
そして、作中登場する飲み物、食べ物がすべておいしそう!
しかし、物語は明るく美しいだけではありません。
ある日、突然、氷の帝国に支配されてしまうのです。
しかしそのような時でも、ミトンを編み続け、自分の芯を崩すことなく丁寧に日々を営む、マリカの在り方には強さを感じます。
前半のおとぎ話のような空気とは一変し、後半の展開には切なさも感じますが、全体を通して包み込むようなあたたかさがあり、心がゆっくりとほどけていくような気持ちになります。
疲れを感じている心にじんわりと沁み込む、優しさと愛に包まれた作品です。
ミ・ト・ン
著者:小川糸
画:平澤まりこ
出版社:白泉社
発行:2017年10月27日
※画像は白泉社公式サイトより引用させていただきました