甥が辿る1人の女の壮絶な人生絵巻 小説「嫌われ松子の一生」山田宗樹著
私は以前、職業訓練校で講師をしていました。
先日、元訓練生が仕事先で失敗をしたと泣きながら電話をかけてきました。
上司や同僚に迷惑をかけたことを悔やみ、顔を合わせるのが怖くなり会社の前まで行ったけれど、引き返して家に帰って来てしまったようです。
上司も同僚も
「大丈夫だよ」
と言ってくれるらしいのですが、真面目な彼女は失敗をした自分が許せないようです。
私は
「上司が“大丈夫”と言っているなら大丈夫。次に同じような失敗をしない事、今すぐに “これから行きます”と電話をして会社に行くこと」
なんて偉そうなアドバイスをしたと思います。
その日の夕方、会社終わりに
「ちゃんと行きました」
と、LINEでメッセージが来ました。笑顔のスタンプ付きでした。
ちゃんと行けた彼女はすごい。
人には偉そうに言う私ですが、自分事になるとそうはいかず…。
最近、車を壊してしまった時も、
(どうしよう、修理をするのか、買うのか、いや、今はどちらもきびしい…。でも足がないと困るし…。ああ、なんて運がないんだろう。最近、どうもついていない)
堂々巡りした挙句、YouTubeで「聞くだけで運気がアップする音楽」を聴きながら眠ってしまった。
ああ、私の人生、ずっとこんな感じなんだな。
さて、今回ご紹介する小説は山田宗樹さんの「嫌われ松子の一生」です。きっと私、松子と気が合うと思う。
では、あらすじを簡単に
東京都足立区のアパートの一室で、全身に激しい暴行を受けた中年女性の遺体が発見されます。
死因は暴行による内蔵破裂での失血死と判明。
警察は殺人事件と断定し捜査を開始します。
死亡した女性は川尻松子53歳でした。
東京で大学生活を満喫している川尻笙は、突然、故郷の福岡から上京してきた父にあることを頼まれます。
「暴行され殺された姉、松子のアパートに出向いて引き払うための片付けをしてほしい」
東京に親戚がいるということ、そしてそれが叔母であることを初めて聞かされた笙。
殺された叔母、松子は30年程前に蒸発して以来、消息が不明だったようです。
なぜ家を出たのか聞く笙に父は
「知らんでよか。川尻家の面汚したい」
と吐き捨てるように言ったまま、黙ってしまいました。
渋々、恋人の明日香とアパートの片づけをする笙は、興味本位から松子の生涯を調べ始めます。
作家情報
作者の山田宗樹さんは製薬会社で農薬の研究開発に従事した後『直線の死角』で第18回横溝正史ミステリ大賞を受賞し作家デビューします。
運命に翻弄される女性の生涯を題材とした作品を多く書いています。
代表作である「嫌われ松子の一生」は中谷美紀さんの主演で映画化、内山理名さん主演でドラマ化、そして舞台化もされている作品です。
人生の分岐点
松子は美人で頭もよく、父親の言うなりに中学教師になります。
生徒からも慕われる先生ですが、ある事件がきっかけになりクビになります。
そこからの松子の人生は関わった男たちが悪いという面もありますが、坂道を転がり落ちるように見事に転落していきます。
「どうしてそこでそうする?」「なんで?」
人生の分岐点でことごとく悪い選択をしてしまう松子。
目の前のことしか見えず、短絡的で衝動的な行いをする松子にハラハラしっぱなしです。
松子は自分を必要としてくれる人よりも、自分が必要と思う人に流されてしまうんですよね。
しかし、根底にあるのは愛されたい、認められたいという幼少期からの願い。
全身全霊で男に尽くすのだけれど、それが依存的で重たく受け止められてしまう松子。ある意味、一生懸命だけれど不器用です。
松子に冷たく厳しくしていた父ですが、本当はずっと松子の帰りを待っていました。愛していなかったわけではないのです。
父もまた、不器用で伝え方を知らなかったのだと思います。
ほんの少しでも愛情を伝えて貰っていたら、松子の人生も違ったものになっていたのかもしれないと思うと胸が痛くなります。
53歳という若さで殺された松子の人生は、不幸の連続でしたが、どうしようもなく駄目でクズな男たちのすべてを受け入れた松子は、ひょっとしたら自分の人生さえも「仕方ない」と受け入れたかもしれません。
人生の分岐点は過ぎてみないとわからないものですね。
なんて、この作品を読むたびに思わされます。
嫌われ松子の一生
著者:山田宗樹
出版社:幻冬舎
発行:2003年1月6日
※画像はAmazonより引用させていただきました