三浦しをん「月魚」ため息が漏れるような世界観に浸り、ひそやかに匂うBL感に酔う
誕生日のこと
「こどもの日」は私の双子の妹たちの誕生日です。
幼いころはこどもの日ということもあり、私もプレゼントを貰っていました。
不公平にならないようにとの、両親の配慮だったのだと思います。
おもちゃを買ってもらう時もありましたが、母親が本好きだったからなのでしょうか、本を貰うことが多かったです。
母親は娘たち一人々々の性格にマッチした本を選んでくれていました。
物語や漫画の世界にのめり込み、ぼんやりした私には読み応えのある「若草物語」などの少女小説や江戸川乱歩の少年探偵団シリーズ。
大人しく、コツコツとまじめな次女には「キュリー夫人」や「ヘレン・ケラー」など偉人の伝記物。
そして、いつも元気で明るく、いたずら好きでお転婆な三女には「彦一とんちばなし」
毎年、誕生日近くになると三女は、
「なんで私だけ“彦一とんちばなし”だったのか、意味わからない」
とぼやきます。
私や次女の本は表紙からして女の子向けで可愛らしかったのですが、三女の本はひょうきんな顔をした彦一が描かれていて明らかに「違う」のです。
しかし、娘たちを思い浮かべ本を選ぶとき、ひょっとして母はとても楽しかったのではないかと、子を持つ立場の今、思うのです。
さて、今回ご紹介する小説は「月魚」です。
では、あらすじを簡単に
古書店『無窮堂』の若き当主、真志喜(ましき)と友人で同じ業界に身を置く瀬名垣。2人は幼い頃から、密かな罪の意識をずっと共有しています―。
瀬名垣の父親は「せどり屋」(掘り出し物を第3者に販売して利ざやを稼ぐ)とよばれる古書界の嫌われ者でした。
しかし、その才能を見抜いた真志喜の祖父に目をかけられ、無窮堂に出入りするようになります。
そして幼い2人は兄弟のように育つのです。
しかし、ある夏の午後、1冊の古書を巡り、起きた事件によって、二人の関係は大きく変っていきます…。
作品情報
三浦しをんさんは、就職活動中に才能を見出され、2000年、長篇小説『格闘する者に○』でデビューしました。
2006年8月に『まほろ駅前多田便利軒』で同年上半期の直木賞を受賞しています。
瑛太さん、松田龍平さんで映画化、TVドラマ化もされていますね。
1つの仕事や物事に真剣に取り組む人たちを描く作品が多い印象です。
(舟を編む、神去なあなあ日常シリーズなど)
男性が主人公の作品が目立つので、長らく男性だと思っていました。
ごめんなさい。
「月魚」は本編である「水底の魚」と真志喜と瀬名垣の高校時代のひと夏を描いた「水に沈んだ私の村」そして文庫書下ろしの「名前のないもの」の3作が収録されています。
BL?
まず、作者の三浦しをんさんはBL好きを公言されています。
この作品の真志喜と瀬名垣の関係も、直接的な描写はありませんが、仕草や言葉で「匂わせ」ています。
罪の意識を抱えながらもお互いを求めあう真志喜と瀬名垣。
作品全体に漂う耽美でありながらも静謐な空気感と共に、2人の関係性はある意味、とても尊いものに感じられます。
2人の友情を超えた依存的な関係が、古書業界の奥深さと複雑に絡み合い、読み進めていくうちに、自分までもが古書の深い世界に落ちていくような気がしました。
そして、印象的だったのは、本編に登場する美しい未亡人の言葉です。
彼女は亡き夫の蔵書を
「あの人の脳みそも同然」
と言います。
なぜならば、
「本がそのまま知識となり感性となり思考回路になる・・・」
から。
この言葉がすとんと胸に落ちたということは私も本に魅入られているということなのでしょうか?
自室に積まれた“積み本”を見ながらそんな考えが頭を過ぎりました。
美しい流れを持つ独特の文章がとても心地よく、一気に読んでしまいました。
「善い読書体験ができた…」という思いで心が満たされました。
冴え冴えとした月が綺麗な夜に読みたい1冊です。
月魚
著者:三浦しをん
出版社:角川書店
発行:2001年5月25日
※画像はAmazonより引用させていただきました