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自分の内なる心の声に耳を傾けたくなる珠玉の小説作品。「仏像ぐるりの人びと」麻宮ゆり子著

中学の修学旅行の際、奈良県の興福寺で阿修羅像をスケッチしました。
美術の課題だったと思うのですが、仏像には珍しい美しいお顔に魅了され、私にしてはものすごく丁寧に、少し盛ったのかな?かなりイケメンに仕上げた気がします。
私史上最高の出来栄えだったと思います。
スケッチし終えた後もその場を離れるのが辛かったな。
そうです、恋をしてしまったのです。

当時は意中の男子も居たはずなのですが、阿修羅像を観てからは眼中になくなってしまいました。
そして、なぜか同行していた添乗員さんが阿修羅像に似ていると思い込んだ私は、修学旅行中ずっと添乗員さんを眼で追っていました。
「阿修羅様が降臨してくれた!」などと本気で思っていたような気がします。
最終日、電話番号を書いた紙をこっそり渡したような気がする。
いやだ、すごくヤバイ奴じゃん、私。
お別れするのが悲しくて、悲しくて、家に帰ると自室にこもり、阿修羅像のスケッチを見ながら号泣した覚えがあります。
そして泣きつかれてそのまま眠ってしまったのです。
でも、不思議なことに、目が覚めたら熱が冷めたように添乗員さんへの恋慕はすっかり消えていました。
あれはいったい何だったのでしょう?
ひょっとして、中二病と言われるものだったのかしら?
阿修羅像を見ると思い出す私の黒歴史です。

さて、今回ご紹介する小説は麻宮ゆり子著「仏像ぐるりのひとびと」です。仏像って奥が深いんですね。
では、あらすじを簡単に。

~浪人時代に自転車に乗っていて交通事故に遭い、大手術とリハビリ生活を余儀なくされた雪嶋直久。幼いころから家族関係に窮屈さを感じていた雪島は、東京を離れ、京都の冥王大学へ入学します。学生課の掲示板で仏像修復のアルバイト募集の張り紙を見たことをきっかけに、無類の仏像好きの彼は仏像修復師・門真のもとでアルバイトを始めます。地味ながらも奥深い作業に次第に引き込まれてゆく雪嶋。しかし、作業場にたまに姿を現す、門真の従姉妹(いとこ)・もえ美はふてぶてしいうえにいつも機嫌が悪く、雪島は彼女のことが少し苦手です。そんなある日、門真から、腕を七本も失くした謎の仏像を見せられます。その正体を探るべく、大学の「のんびり仏像めぐり研究会」を訪れた雪嶋は、天真爛漫な部長・今岡と、金髪のイケメン宇田に出会い――。

作者の麻宮ゆり子さんは2003年、小林ゆり名義で応募した「たゆたふ蝋燭」で筑摩書房と三鷹市が共同主催する第19回太宰治賞を受賞しました。
代表作に「敬語で旅する四人の男」があります。

さて、「仏像ぐるりの人びと」は特殊でマイナーな仏像修復という職業に焦点が当てられています。
仏像修復とは表面に樹脂を流し込み、腐食を止める。
虫食いの穴に木の粉を混ぜた樹脂を注射器などで詰め込む。
欠けた部分は新たに作ってはめ込む。
場合によっては色付けや金箔を貼ったりもしますが「必要最低限の手しか入れない、永久保存を目指す現状維持」なんだそうです。
修復師が新しく作りかえるということは決してないようです。
仏像に関しては中々マニアックなことが書かれてはいますが、全体を通して軽妙で、ともすればとても重い事柄もあっさりとした語り口で描かれているので、すんなりと世界観に入れる作品です。

工房での師匠である門真と雪島の距離感も、お互いを尊重しながら関わり合っていることが感じられとても理想的だなと思えました。
上から押さえつけるように指導するのではなく、自分で気付けるように導いてあげる門真のやり方は、後輩や部下に対しての接し方のお手本になるのではないかなと感じました。

登場人物それぞれが様々な出来事を通じ、前に進んでいく過程はとても清々しく、読後は爽やかな余韻に包まれます。
新型肺炎で外出も制限されつつあるのはとても不自由なことですが、こんな時こそ、じっくり自分と対話するのもいいのかな?と思わせてくれる作品です。

仏像ぐるりの人びと
著者:麻宮ゆり子
出版社:光文社
発行:2016年5月18日

※画像はAmazonより引用させていただきました

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