すべて忘れてしまうから

編集日記 こんな大人になるはずじゃなかったし、大体のことは忘れてしまう

高校生くらいから薄ぼんやりと「何かを作る人になって成功したい」という夢を持っていたのですが、残念ながら現在、生活していくためのお金を稼げる程度のレベルに落ち着いてしまいました。
貧乏なシングルマザー家庭出身で高校時代からバイトに明け暮れ、水商売やレースクイーンの仕事で学費を稼ぎ、現実逃避として夜遊びをしていた若い頃。
今思い出しても、だいぶクズでした。
マイナスからスタートしたと考えれば、じゅうぶんマシな人生なのかもしれませんが。
それでも今成功している人たちが、高校時代から予備校に通い浪人したりして大学(私の周りだと美大ですかね)に受かって基礎を学べていたり人脈ができたり、都内でファミリー向けのマンションが購入できるくらいの金額をかけて留学させて貰った話を聞くと、嫉妬だけでは説明のつかない感情を覚えます。
別にね、嫉妬は嫉妬でいいんですよ。
世の中に平等なんてあり得ないので、それをバネに頑張ればいいのですから。
ただもう、努力だけではどうにもならないことが多すぎる、その事実に打ちのめされる時が年に数回あるのです。



燃え殻さん

Twitterでネガティブながらユーモアのある言葉で日常を綴っている、燃え殻さんという方がいます。
彼はテレビの美術制作で私はweb制作や動画編集の仕事をしているため、大きく制作業界と考えれば同じ括り。
共感できることが多く、日々チェックしています。
年代も大人になってから生きてきた地域も似ているので、リアルに感じることができるのもフォローしている理由かもしれません。

ボクたちはみんな大人になれなかった

処女作「ボクたちはみんな大人になれなかった」が出版されたのが3年ほど前。
90年代後半を舞台に仕事や恋愛など、主人公の日常が小説として描かれています。
日常をツイートし続けた彼だからこそ書ける独特の文章だな、と感じました。
場面場面で頭の中に音楽の流れる構成が心に揺さぶりをかけてきて、思い出し後悔しながら読み進めましたよ。
甘酸っぱいでは片付けられないくらいの、清濁併せ吞む青春が掘り起こされるのです。

すべて忘れてしまうから

そんな燃え殻さんが2020年7月に次作を出版しました。
こちらは小説ではなくエッセイ。
彼らしい湿度を持った回顧録は、ジメジメと心に沁みて、まるで南国の雨季のよう。
書かなければ忘れてしまっただろうと著者本人が言うように、本当に何気ない日常が描かれています。
しかし、その何気ない出来事がスイッチになって、心が過去へと連れ去られていく。

ああ、この感じ、前作と同じだ。
燃え殻さんはタイプスリップ装置みたいな文章を書いてしまう人だった。
そんな風に感じドキドキしながら少しずつ読みました。
過剰摂取注意の、痛くて切ないエピソードたち。
そして自分も思い出せないことばかりだということに気づくのでした。

それでも日常はつづく

どうにも上手くいかない時、そういう日もあるよねと言ってくれるサプリメントのような作品を持っていると心が楽になります。
だいたいひとりで孤独に病み案件を抱え込んだが最後、こじらせてとんでもない展開を巻き起こしますからね。
ちょっと周りを見回して、世間にはこんなはずじゃなかったという大人が溢れていると知れば安心できるってもんです。
私もそう。
書籍や映画やSNSを見て大丈夫だと安心している。

それでもいいじゃないですか。
日常は続くし大体のことは忘れてしまうんだし。

思い描いていた大人になれなかった自分もまるっと肯定して生きていきたいものです。

すべて忘れてしまうから
著者:燃え殻
出版社:扶桑社
発行:2020年7月23日

※画像はAmazonより引用させていただきました

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