この雨は彼にとって恵みとなるのだろうか?小説「慈雨」柚木裕子著
私は晴れた日よりも曇りの日や雨の日のほうが好きです。
これは幼いころから変わらないのです。
雨と言ってもさすがに豪雨は嫌なのですが、しとしと降る雨が好きです。
雨が降っているときって、人通りも少なく静けさが感じられるからかもしれないですね。
雨音は癒しや睡眠導入のための音として、それだけを流すYouTubeのチャンネルもあります。
けれど、私にとって雨音は癒しではありますが、楽しくなってしまい睡眠導入にはなりません。
なんかね、気分が上がるんですよ。
小雨程度なら傘も差さなくて平気です。
母曰く、私は雨の降る夜に生まれたからだということです。
さて今回ご紹介する小説は柚木裕子著「慈雨」です。
タイトルに惹かれて選んだ作品です。
美しい言葉ですよね。
では、あらすじを簡単に。
~警察官を定年退職した神場智則は、妻の香代子とお遍路の旅に出た。42年の警察官人生を振り返る旅の途中で、神場は幼女殺害事件の発生を知り、動揺する。16年前、自らも捜査に加わり、犯人逮捕に至った事件と酷似していたのだ。神場の心に深い傷と悔恨を残した、あの事件に――。
かつての部下を通して捜査に関わり始めた神場は、消せない過去と向き合い始める。組織への忠誠、正義への信念……様々な思いの狭間で葛藤する元警察官が真実を追う
作者の柚木裕子さんは2008年、44歳の時に『臨床真理』で第7回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を受賞し、作家としてデビューしました。
2013年、『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞を受賞。
そして2016年、『孤狼の血』シリーズ3部作の第1作『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞を受賞しました。
タイトルからしてハードボイルドで男臭い作品が多いのがわかりますね。
そして、社会問題を取り入れたものもあり、その人間描写には定評があります。
「慈雨」は定年退職した元刑事が主人公の作品です。
ストーリーは彼が何度も繰り返し見る悪夢で幕を開けます。深い霧に覆われた樹木が密生した山中で、操作棒を片手に笹をかき分け、一人の幼女をずっと探しているのです。
脳の中のどこかで「これは夢だ」と認識している自分がいます。
冒頭のこの部分を読むだけで、彼の抱えている悔恨の念が強く伝わってきます。
四国八十八ヶ所巡りお遍路の旅は彼が在職中に犯した過ちへの贖罪なのでしょうか?
物語で神場夫妻が巡るお遍路の旅とは、人間には88の煩悩があり、四国霊場を八十八ヶ所巡ることによって煩悩が消え、願いがかなうといわれています。
八十八箇所を全て廻りきると「結願(けちがん)」となります。
その後、お礼参りとして結願寺(八十八ヶ所目の最後の霊場)から高野山の奥の院御廟に詣でて、全ての札所を参ることができたことを弘法大師に報告・感謝をして満願成就となります。
かつては修行の道であったようですが、現代においては、自分探し、癒しの旅として、年齢を問わず人気があるようですよ。
1番~88番まで約1,220kmの道のりを歩く“歩き遍路”は、足の速い人で約45日、遅い人で約60日かかります。
神場夫妻も歩き遍路として巡っています。
物語では、遍路途中で自分の関わった事件と酷似した犯罪が起きたことを知った神場が、部下であった緒方に連絡を入れ、捜査の手助けを申し出ます。
自らが起こした過ちを清算するために。
霊場を巡りながら過去の自分と向き合い、自身を責めるように歩みを止めない神場の姿が痛々しく、胸が苦しくなりました。
しかし、所々に組み込まれる、巡礼中に出合った人々の話、駐在所時代の話、養女幸知への想いなどは心に染み入ります。
暗く重いだけではない、趣のあるストーリー構成は、最後まで飽きずに読み進めることが出来ます。
悲惨な事件を扱っていますが、静かで心に響く、まさに“慈雨”のような作品です。
慈雨
著者:柚木裕子
出版社:集英社
発行:2016年10月26日
※画像はAmazonより引用させていただきました