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春の庭-柴崎友香

小説「春の庭」柴崎友香著 行ったことのない街なのに情景が鮮明に浮かぶ

芥川賞と直木賞

今年は新型コロナウイルスの影響で各地のお祭りが中止になっています。
しかし7月15日、日本の文学界最大のお祭りと言われている2020年上半期第163回芥川賞と直木賞の選考会は無事に行われました。
受賞作は、
芥川賞は高山羽根子さんの「首里の馬」、遠野遥さんの「破局」です。
直木賞は馳星周さんの『少年と犬』です。

毎年ニュースに取り上げられるので目にはするのですが、実はこの2つの賞の違いを知ったのは数年前です。

私が講師をしていた職業訓練校では、毎朝3分間スピーチを行っていました。
お題はその時に話題になっているニュースです。
スピーチのお題としてこの2つの賞を選んだのです。

簡単に言うと芥川賞が純文学対象、直木賞が大衆文学(小説)対象でしたよね。

純文学とは「娯楽性」よりも「芸術性」や「形式」を重んじる小説です。
文章の美しさや表現方法の多彩さが評価されます。

一方で大衆文学は「芸術性」よりも「娯楽性」に重きを置いている小説です。
ジャンルでいうと「ミステリー」や「時代小説」などですね。

対象が新人か中堅か、短編か長編かなどの細かな違いはありますが、ざっくりいうとそんな感じ。

2つの賞の違いを知るとともに、自分の好みの傾向もわかりました。
大衆小説多めです。
みなさんはいかがですか?

さて、今回ご紹介する小説は柴崎友香さんの「春の庭」です。
この作品は第151回芥川賞を受賞しています。
純文学ですね。



では、あらすじを簡単に

世田谷の取り壊し間近のアパートに住む太郎は、住人の女と知り合います。
彼女は辰の部屋(このアパートは各室に干支が部屋番号の代わりにふられています)に住む「西」という苗字の漫画家です。
西は、高校3年のときに見た写真集『春の庭』に魅せられ続けており、その撮影現場である近所の水色の家に異様な関心を示しています。
ひょんなことから水色の家に住む主婦と親しくなり、念願だった家に出入りできるようになった西。
しかし、彼女が特に魅かれた黄緑のタイルの貼られた風呂場を観るきっかけが中々つかめません。
そのきっかけを作るために、太郎に協力を頼むのですが…。

作家情報

作者の柴崎友香さんは1998年、「トーキング・アバウト・ミー」で第35回文藝賞の最終候補になりました。
そして1999年、短編「レッド、イエロー、オレンジ、オレンジ、ブルー」が『文藝別冊J文学ブック・チャートBEST200』に掲載され作家デビューします。

2004年『きょうのできごと』が田中麗奈さんと妻夫木聡さんの主演で行定勲監督により映画化されました。
そして、2006年には第24回咲くやこの花賞を受賞しました。
同じ年に『その街の今は』で第23回織田作之助賞大賞を受賞。
2010年の『寝ても覚めても』は2018年に唐田えりかさん、東出昌大さん主演で濱口竜介監督により映画化されています。
別の意味でも話題になった作品ですね。
「春の庭」は2014年、第151回芥川賞を受賞しています。

揺らぐ

物語は世田谷の古いアパートに住む太郎を軸に、取り立てて大きな事件もなく、淡々とした日常が描かれています。
登場人物の人物像も余り深く掘り下げられることもなくあっさりとしています。

しかし、彼らの見ている街並みや建物、自然などの情景が非常に丁寧な文章で繊細に語られており、まるで映像を見ているように頭の中にはっきりと浮かびあがります。
自分も一緒に街を散策しているかのようにリアルに街並みが広がっていく感じ。

そして、物語の後半、第三者視点からいきなり太郎の姉の「わたし」目線に切り替わります。
太郎が関西弁で姉と会話しているシーンは、それまで俯瞰してみていたものがいきなり距離を縮めてきた感じがして。少し戸惑いを覚えました。
そして姉の「わたし」目線の不思議な時間軸のずれ…。

どうやら、作者の柴崎さんは読者が“揺らぐような”ことを狙って視点を変えたようです。
揺れましたよ。私。少し怖かった。
まんまと策にハマってしまいました。

こんな感覚を文章から味わうのは多分初めてかもしれません。
美しい文章で日常を切り取った、不思議な余韻を与えてくれる作品です。

春の庭
著者:柴崎友香
出版社:文藝春秋
発行:2014年7月28日

※画像はAmazonより引用させていただきました

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