• HOME
  • ブログ
  • 書籍
  • 「愛した人、愛された人、感謝してくれた人は誰ですか?」直木賞受賞作「悼む人」天童荒太著

「愛した人、愛された人、感謝してくれた人は誰ですか?」直木賞受賞作「悼む人」天童荒太著

新型コロナウイルスの影響でいまだにマスクが手に入りません。
そこで、いよいよ我が家では手作りマスクを作成しようと検討を始めたのですが、「キッチンペーパー?ガーゼ?ハンカチ?あら、毛糸もあるよ」と情報が多すぎてのっけから混乱してしまいました。
とりあえず息子の学校用にと、手持ちの毛糸で簡単なマスクを編んだのですが「えー、いいや」と却下されてしまいました。
なんでだ?
手作り感満載だからか?
恥ずかしいのか?
仕方ないから自分で使います。

マスクのことだけではなく様々な情報が飛び交っています。
正しく有用な情報を精査することって中々難しいですよね。
しかし、明らかに妖しい誤情報に流されることが無いように生活していきたいものです。

さて、今回ご紹介する小説は天童荒太著「悼む人」です。
では、あらすじを簡単に。

~亡くなった人が生前「誰に愛され、愛したか、どんなことをして人に感謝されていたか」。そのことを覚えておくという行為を、巡礼のように続ける主人公“悼む人”坂築静人(さかつき・しずと)。週刊誌記者の蒔野が北海道で出会った静人は、新聞の死亡記事を見て、亡くなった人を亡くなった場所で「悼む」ために、全国を放浪している男だった。生からも死からも目を背け偽悪的にふるまい続ける蒔野は、静人の化けの皮を剥(は)ごうと、彼の身辺を調べ始める。夫を殺した罪に苛まれ続ける女、倖世。最後まで死と闘い続ける静人の母、巡子。静人と彼を巡る人々は、罪から解放され、生きる意味と、真実の愛をみつけることができるのだろうか。

作者の天童荒太さんはこの作品で第140回(平成20年度下半期)直木賞を受賞しています。
「悼む人」を書くに至った発端は、2001年、9.11アメリカ同時多発テロ事件で多くの死者が出たことがきっかけだったそうです。
世界には不条理な死が満ちあふれていることに無力感をおぼえ、そこから死者を悼んで旅する人を主人公とする小説の着想が生まれたようです。
そして、実際に各地で亡くなった人を悼んで歩き、悼みの日記を三年にわたって記し、その体験を元に2008年『悼む人』を刊行しました。

さて、物語は雑誌記者の蒔野、静人の母である巡子、夫を殺害した倖世、この3人の視点から書かれています。
不慮の死を遂げた人々、しかも自分とは縁もゆかりもない全くの他人を、成仏させることではなく「生きていたことを覚えておくために」淡々と悼む静人の行為は、正直、読み始めは私も蒔野まではいかなくとも少し不気味に思えました。
そして、第三者視点からしか描かれることのない、謎めいた静人の存在は、胸が少しざわつきます。
自らが持っていた「死」や「生」「愛」といった考えが揺らぐような感じ。
作者も読者それぞれに静人の行為の真意を託しているのではないかと思います。
だからこそ、ラストで描かれる鮮やかで美しい、幻想のような情景に救われます。

新型コロナウイルスの影響で日々流される情報に踊らされ、不安や恐れ、怒りの感情を抱えがちですね。
私もそうです。
しかし、マイナスな感情に囚われるよりも、与えられた時間で深いテーマを持つ作品を読んだり、普段では考えないようなことに思いを深めたりしたほうが有意義かなと思います。

上下2巻のボリュームのある中身の濃い作品ですが、丁寧な優しい文体で非常に読みやすく、すんなり物語世界に溶け込めます。
ゆっくり時間をかけて読みたい作品です。

ちなみに、この作品は2015年に高良健吾さん主演で映画化もされています。
興味を持たれた方はこちらもおすすめです。

悼む人 上下巻
著者:天童荒太
出版社:文藝春秋
発行:2011年5月10日

※画像はAmazonより引用させていただきました

関連記事一覧