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19世紀末の芸術に魅了されすぎたら世界が広がった☆the decadence☆vol.26【唯美主義とは?後編―「美」の多様性】

皆さん、こんにちは。
皆さんは、最近、どんなものに「美しさ」を感じましたか。

私は先日、篠原ともえさんの制作衣装が展示されている個展「SHIKAKU」展(2020/07/01-07/20, 渋谷ヒカリエ)に行ってきました。
篠原さんのデザインする衣装はとても美しく、私自身、大好きなテイストです。
特に、〈SHIKAKU×GRADATION〉という作品に惹かれました。
色合いがグラデーションになっている、四角い生地を重ね合わせて制作されたドレスがとても美しく、モデルさんがその衣装を纏っている特大パネルにも惹かれました。

「SHIKAKU」展(2020/07/01-07/20, 渋谷ヒカリエ)


展示品に関して色々知りたいことがあり、篠原さんに直接お話をお伺いしました。
その際に、〈SHIKAKU×GRADATION〉にいちばん魅了されたことをお伝えしたのですが、なぜ惹かれたのかをうまく説明できず、後日改めて理由を考えてみました。
結論は「桜の花びらの美しさに似ている」ということ。
淡い色合い、ふんわりとしていて儚げながらどっしりと構えた力強さのあるイメージ、グラデーションという色合いの移り変わり、こういった衣装のイメージが、「桜」と重なりました。
咲き乱れたと思ったらいつの間にか散っていく、なんというか生と死を感じさせるような桜から感じる無常観のある美しさも、この衣装と重なりました。



唯美主義と「美的感覚」

「美しさ」は、様々な要素を含んでいます。
色合い、造形、文章といった、目に見える美しさもあれば、凛とした強さ、儚さ、懐かしさといった、感じる美しさもあります。
もっと身近な例なら、実際には丁寧に人の手が加えられているけれどナチュラルに見えるメイク、部屋の空間の使い方、ちょっとした仕草などなど、挙げればキリがないですね。

余談ですが、以前、美しく見える仕草の講座を受けた際にこんなお話をお聞きしました。
ピアスやイヤリングを正す際、触る方の耳と逆の手を使うと綺麗に見えますよ、と。
実際に動作をお願いしてみたら、本当に綺麗に見えました。
「さりげない仕草に美は宿る‼」です。

話を戻すと、画家のホイッスラーは、「色合い」による美しさを、絵画の中で表現しました。

ホイッスラーのように、作品において、美しさを優先する芸術思想を「唯美主義」または「耽美主義」と呼びます。
1860年代に一部の芸術家の間でひっそりと始まり、1880年代に広まり、1910年代まで続きました。

『見た目の美しさ>>>>>>>>>>>>>>>>>>>主題』

好きな異性のタイプを「見た目がよければ、性格はどうでもいい」と答えるイメージです。

絵画においては主題、つまり神話物語、聖書物語、文学作品といった伝統的な物語や、教訓、道徳観といったメッセージ性を排除または後回しにし、何よりも見た瞬間に目に入る美しさを優先する。
これが、唯美主義の画家たちが目指した新しい絵画の在り方でした。

ラファエル前派兄弟団の中心メンバーである画家のダンテ・ゲイブリル・ロゼッティやジョン・エヴァレット・ミレイも唯美主義的思想へと移行したと言われています。

でも、何を「美しい」と感じるか。
その美的感覚は人によって違いますよね。
そのため、唯美主義と言われる画家の間でも、その作風は多岐に渡りました。
ここでは、THE唯美主義‼的な作品をご紹介したいと思います。

唯美主義といえば、レイトン!

Pavonia, 1859
Frederick Leighton
油彩, 個人蔵
[画像引用元]http://www.museumsyndicate.com/item.php?item=11958


上記の絵画は、「唯美主義」の画家として有名なフレデリック・レイトン[Frederic Leighton, 1830-1896]によって描かれた『パヴォニア』という作品です。

パヴォニアは孔雀という意味を表す ‘pavone’というイタリア語に由来します。
この作品の中で、レイトンは、ふたつの「美」を表現しています。
ひとつは、女性が持っている、暗い色をした、魅了的な雰囲気を醸し出す孔雀の羽です。
もうひとつは、白い衣装を纏った純潔な女性の輝きです。

この作品には、主題、つまり物語性はありません。
レイトンは、この作品のモデルを務めたアンナ・リージの純潔な美しさと、孔雀の羽の美しさを色の明暗を用いて表現しました。

次の絵画もフレデリック・レイトン作です。
『オダリスク』というタイトルの作品です。

Odalisque, 1862
Frederic Leighton
油彩, 個人蔵
[画像引用元]https://commons.wikimedia.org/wiki/File:1862_Frederick_Leighton_-_Odalisque.jpg


「オダリスク」とは、「(イスラム圏の)ハーレムの女奴隷(寵姫)」を意味します。

この作品では、3つの「美」が描かれています。
ひとつは、暗色に金色が際立つ、孔雀の羽と女性の纏ったスカートです。
ふたつめは、淡いピンク色の肌に、同じく淡いピンクの衣装を纏った女性の美しさです。
もうひとつは、古代ギリシャで、優雅な美の象徴とされた純白の白鳥の姿です。

この作品も、色の明暗によって、孔雀と女性と白鳥の美しさが表現されています。

よく見ると、女性の脇下には小さな蝶が2匹、女性に引き寄せられるかのように飛んでいます。
蝶は、「美」や「男性の魂」の象徴と言われていますが、この作品では、男性が、少し肌のはだけた官能的な女性の美しさに惹かれているのかな、と感じました。

女性や衣装、白鳥、蝶は、繊細な曲線によって「女性的」に描写されています。
対照的に、背景の建築物は直線によって「男性的」にどっしりと構えたように描かれています。

「孔雀」は、日本文化の影響と言われています。
実際、日本の屏風や掛け軸等には孔雀が多く見られます。
19世紀の西洋では、「ジャポニズム(日本趣味)」や「オリエンタリズム(東洋趣味)」をモチーフとした数多くの芸術作品が創作されました。

レイトンの作風は、異国情緒の溢れる背景やモチーフの中に官能美の感じられる女性が描かれていることが特徴として挙げられます。
主題、つまり物語性は存在しません。
レイトンの作品に見られる、物語性のない異国情緒×女性の官能性という「美」を色の明暗や線を使いながら表現した作風は、まさに「THE 唯美主義‼」です。

唯美主義の先駆者ロゼッティ

ラファエル前派兄弟団のリーダーを務めたダンテ・ゲイブリル・ロゼッティは、19世紀後半のイギリスの美術界において、カリスマ的存在でした。
ロゼッティなしには、唯美主義は生まれなかったかもしれません。

この作品は、ロゼッティ作の『海の呪文』です。

A Sea-Spell, 1875-1877
Dante Gabriel Rossetti
油彩, ハーバード大学美術館所蔵
[画像引用元]https://ids.lib.harvard.edu/ids/view/17386496?width=3000&height=3000


この絵画は、ロゼッティ自身の創作した詩の一場面を引用したものです。
ロゼッティは詩人でもありました。
モデルを務めたのは、ラファエル前派の画家の間で人気のあったアレクサ・ワイルディング[Alexa Wilding/1845-84)]です。
美しい歌声で船乗りを魅惑し、死へと誘う美しい海の魔物「セイレーン」を人間の姿のように描いています。

楽器を奏で、周囲を花や赤い果物に囲まれた美しい女性の姿は、ロゼッティが好んで描いた「美」の特徴です。
ヴィクトリア朝時代において、あるべきとされた「淑女」の姿と全く異なります。
赤みがかった長い髪をおろし、肌の露出の多い薄いドレープ調のドレスを纏った女性は、ラファエル前派の画家たちを魅了してやまない理想的な「官能性」を感じられる美しい女性でした。


赤い果物は、旧約聖書の物語に出てくるエデンの園に描かれた果物です。
アダムとイヴが食べてしまったことで知られ、官能性を表します。
花や楽器も、女性美の象徴です。

ロゼッティの作品には、ギリシャ神話や文学作品からの引用が多くみられます。
しかしながら、その物語性よりも「美」がずっと重視されています。

ロゼッティの作品では、モデルを務めた女性や、女性を囲む様々なモチーフにロゼッティにとっての美である「女性美」が表現されています。
描かれたすべてが官能的であり女性的であると言えるかもしれません。

線の描かれ方にも女性美が見られます。
全体的に繊細な曲線によって描かれていることによって、女性美が強調されています。
さらに、女性らしいS字曲線のようなシルエットがドーン!と大きく表されていることによって、絵画全体の女性美がより強調されています。

「小鳥」もロゼッティが好んだモチーフのひとつです。
彼は小鳥には死者の魂が宿ると考えていました。
自身の妻であるエリザベスを亡くした後、エリザベスの魂が小鳥に宿って還ってくると信じていました。
ロゼッティはエリザベスを亡くした後、彼女の霊を呼び出そうとして、オカルトにも興味を抱いていました。
彼の描く小鳥には、神秘的な女性美が宿っていたのかもしれませんね。

ロゼッティにとっての美は、すべて「女性美‼」と断言できそうです。
実際、ロゼッティの絵画モデルを務めた人は漏れず恋人にもなっており、それは結婚前もその後も関係なく、常に女性が傍にいました。

「唯美主義」と精神分析

以上、3作品を紹介させていただきましたが、皆さんは、瞬時に「美的!」と感じた作品はありましたか?

何を美しいと感じるかは、感性によります。
感性は無意識なものであったり、なんらかの経験によって影響を受けていたり、心理的要因と関連していたり、と様々な要因が考えられます。
ですので、「美的!」と感じたかどうかには、正解不正解はないので安心してくださいね。

しかしながら、唯美主義者の「とにかく美‼」「美がすべて‼」といった考え方は、どういった心理から生まれるのか、それを理論的に精神分析しようと試みた人たちもいました。

イギリスで唯美主義的思想が流行していた19世紀後半、オーストリアでは、「精神分析学」と呼ばれる学問の一体系が確立されました。
精神科医ジークムント・フロイト(1856-1939)による心理系分析を始まりとして、人間の様々な言動と心理との関係性を解明していく学問です。

フロイトをはじめ、19世紀後半当時の学者らは、唯美主義者の思考に興味を持ちました。

しかしながら、フロイトを含む研究者らは、やがて、唯美主義者を対象とした研究に興味を失い、結論は出ませんでした。

というのも、芸術と深く関わる感性はすべてが理論的に解明できるものではないですし、まだ精神分析学自体が初期段階だった時代、十分な統計データもなかったのでしょう。

唯美主義者は、精神分析学の創始者フロイトの興味を大いに引いたものの断念されてしまいましたが、精神分析学は19世紀後半に確立されて以来、様々な分野で応用されています。
私たち日本人だけでなく、海外の人たちからも人気のあるジブリ作品も実は精神分析学の観点から分析されているんです。

次回は精神分析学とジブリ作品についてお話したいと思います。

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