19世紀末の芸術に魅了されすぎたら世界が広がった☆the decadence☆ Vol.9【ロゼッティってどんな人?編】

皆さん、こんにちは。
皆さんは大好きな映画や書籍、デザイナーズブランドなどはありますか。
おそらくこういった「創作物」に興味がある方は多いと思いますが、その作者に関して興味を抱くことは比較的少ないのではないでしょうか。
でもその創作物の向こうには必ず作者がいて、その作品に対するなんらかの思いがあります。
私たちは、創作物を通して「人」を感じてるのかもしれませんね。
語らずして「作品で感じてね」という類の作者ってカッコいい!!と思ってしまいます。

前回は、ロゼッティの絵画を例に「堕ちた女」についてお話させていただきました。
19世紀末の芸術について研究していると、「ロゼッティなしには当時の芸術を語れない」ことが分かり、ロゼッティの人物像について調べてみたことがあります。
ロゼッティ[Dante Gabriel Rossetti/1828-1882]は学者の家系であり、読書が大好きでイタリア語と英語のバイリンガルという知的な面を持っていました。
ジェントルマンという身分を目指すこともできたはずですが階級にとらわれることなく、暮らしぶりも恋愛も絵画制作も我が道を進みました。

そこで今回はロゼッティの際立つ3つの特徴をゆるりとお話したいと思います。
尚、Oxford Dictionary of National Biography(Oxford University Press,2004) を参考にしています。

自由奔放な恋愛観

ロゼッティはかなり破天荒な恋愛をしていたようです。
彼は外見や醸し出す雰囲気に恵まれており、何を着てもお洒落に見え、女性にモテました。
絵画のモデルを求めて外出してはナンパをしました。
ロゼッティの恋愛には「絵画モデル=恋人」という法則がみられます。
前回お話した「みつかって」に描かれた女性も彼の恋人でした。
恋人は常に複数おり、結婚前も結婚後もそれは変わらずでした。
「ロゼッティの絵画に描かれた女性=ロゼッティの女性遍歴」と言っても過言ではなさそうです。
中でも、ジェーンという女性との恋愛はすごすぎる!!
「いちご泥棒」などの柄のデザインで今も知られているウィリアム・モリスとロゼッティは仲が良かったのですが、ウィリアム・モリスとジェーンは恋人になり、結婚しました。
しかし、ロゼッティにとってジェーンは「理想の女性」でした。
そしてなんと、ロゼッティとジェーンは長い間不倫関係にあったのです。
ところがウィリアム・モリスはそれを知っていたにもかかわらずなぜか黙認していました。
3人で同居していたことすらあるほど!
ジェーンをモデルにしたロゼッティ作の絵画も複数あります。
今の時代なら沼!沼!すぎます。

アバンギャルドな作風

ロゼッティはイギリスの正統派の作風を嫌い、より自由な絵画を制作しました。
その作風がやがて唯美主義、デカダンスへと繋がっていきました。
初期の作品では伝統的な主題である宗教画も扱いましたが、やがて道徳性や社会性を排除し、美を追求した享楽的、官能的な作品へと移り変わっていきました。
しかしながら、ロゼッティの先駆的作風は初期の宗教画から既に始まっていました。
ここでは彼の宗教画の代表作のひとつである「受胎告知」を例に先駆的な特徴を2点お話していきたいと思います。

Ecce Ancilla Domini (The Annunciation), 1849-50
Dante Gabriel Rossetti
油彩
テート所蔵

画像引用元:https://www.tate.org.uk/art/artworks/rossetti-ecce-ancilla-domini-the-annunciation-n01210

「受胎告知」は宗教画において定番のテーマのひとつです。
聖マリアが天使ガブリエルからキリストをお腹に宿したことを告げる、新約聖書からの物語です。

伝統では、聖マリアが祈祷台でミサ法典を読んでいるところに天使ガブリエルが現れます。
天使ガブリエルはひざまずいて聖マリアに敬意を表します。
聖マリアは天使ガブリエルよりも高い位置でキリストが宿ったというお告げを受け入れている場面が描かれていることが一般的でした。
聖マリアの造形に関しては書物に記述がなく、一般的には画家自身の母親や愛する人の母性的で愛情あふれる姿を聖マリアに重ねて、「聖なる」存在に昇華させて想像力で描いていたと言われています。

それに対し、ロゼッティ作の「受胎告知」では、「構図」が斬新です。天使ガブリエルは「天使」ですが羽がありません。
天使ガブリエルは聖マリアより高い位置、というより立っており、聖マリアは天使ガブリエルが現れると怯えながら上半身を起こし、それまで眠っていたかのような姿で描かれています。

ふたつ目の斬新さは「モデル」の起用です。
ロゼッティは自身の兄弟姉妹を天使ガブリエルと聖マリアのモデルにして描きました。
また、聖マリアの髪は当時タブーとされていた赤い髪の女性をモデルに描かれています。

聖なる存在である天使と聖母がリアルな人間のように描かれている、と周囲からは批判の嵐でした。
それでもひたすら我が道を進んだロゼッティによって、やがて新たな絵画の時代に繋がったのですね。

ロゼッティの闇・病み

ロゼッティの周囲には常に人が集まり、画家としても成功していきましたが、成功するにつれて鬱気味になっていきました。
妻が亡くなると、その思い出がロゼッティの頭を占めるようになり、降霊術の会に参加するようになりました。
彼女への思いを絵画にすることもありました。
30代半ば以降、アルコールによってどんどん道楽的で怠慢になっていきましたし、被害妄想や錯乱状態などの精神病や自己陶酔に陥ったりもしました。
絵画の創作は変わらず続けていましたが、精神状態はどんどん悪化し、アルコール中毒や薬漬けになり、自殺を図ったこともあります。
彼の精神は崩壊し、それは生涯続きましたが、それでも彼を慕う芸術家仲間や恋人たちが常に傍にいました。
このように、ロゼッティは芸術家としての成功の裏で、精神が崩壊していくのです。

今でこそ珍しくはない特徴といえそうですが、ロゼッティの生きた時代は規律が厳しく、19世紀のイギリスでは特に精神病に対して関心が高まっていました。
次回は当時の「精神病」についてお話したいと思います。

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