サラダ、それはルネサンス時代のイタリアン代表!その愉しい歴史を紐解く

イタリア人は自国の料理を愛することでは人後に落ちない民族であり、特にマンマの料理が幅を利かせる南イタリアの人々は、海外旅行にもパスタやマンマ特製のトマトソースを持参する人が多いといわれています。
食のグローバル化が進み、さすがに以前のように故郷の料理だけに固執する人は少なくなりました。それでも長期の海外滞在を終えてトマトとパルミジャーノチーズのパスタをほおばり、マキネッタで作るコーヒーのゴボゴボという音を聞いて「ああ、イタリアに戻った」と実感するイタリア人が大半のようです。
ところで、トマトがまだ普及していなかったルネサンスの時代、国外に出たイタリア人たちが「お国のもの」として懐かしんだのはなんであったのでしょうか。
それは意外なことに、「サラダ」なのです。

イタリアの青空市場で販売される野菜(著者撮影)



国外滞在中のイタリア人が懐かしんだサラダ

中世に残された『健康全書(Tacuinum Sanitatis)』に残るレタスの畑
(画像:パブリックドメイン)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%A5%E5%BA%B7%E5%85%A8%E6%9B%B8

パスタやピッツァ、モッツァレラチーズなどイタリア発祥の美味しい食材は数えきれないほど存在します。こうしたメイド・イン・イタリーの食材がいかに世界の食卓を席巻したかについて書かれたエッセイ『Il Genio di Gusto』によれば、イタリアの歴史の中で「サラダ」を意味する名詞が登場するのは1402年のことだそうです。現代のイタリア語では「Insalata」というサラダ、当時は「Salegiata」と呼ばれていました。いずれの言葉にも「塩」を意味する「サーレ」という響きがあるのが印象的です。

考えてみれば、冷蔵保存などなかった時代には「生」であることは非常なぜいたくでした。実際、生野菜をサラダとして食べることができたのは貴族などの富裕層が中心で、庶民はオイル漬けや酢漬けを食べることが多かったのだそうです。
新鮮な生の野菜に塩とオリーブオイルと酢をかけて食べるサラダは、気候や土壌に恵まれていたイタリアの富裕層の特権であった時代が長かったのです。

1572年のイタリア人医師による記述には、「『サラダ』という言葉はイタリアにしか存在しない」とあります。1627年には、アブルッツォ州の医師がまるまる一冊サラダに捧げた『 Archidipno, ovvero dell’insalata e dell’uso di essa』 なる本を出版しています。また、1614年にイギリスに滞在していたイタリア人文学者ジャコモ・カステルヴェトロは「生野菜と果物が恋しい」と書き記しています。

フランス人も認めたイタリアのサラダ

イタリアとフランスは、現在もさまざまな食のカテゴリーで競い合うライバルです。そのフランス人社会人類学者クロード・レヴィ=ストロースは、著作『食の起源』の中で「イタリアンレストランの普及により、われわれは野菜を『生』で食べるという文化を学んでいる。フランス料理では伝統的にないものである。フランスで生で食べるものといえばラディッシュで、それも大量のバターと塩をまぶして食べる。イタリア式は、さまざまな種類の野菜を混ぜて切り、オリーブオイルと酢にならす。イタリア料理の普及により、フランスでも生で食べる野菜の種類が増えつつある」述べています。これは1968年のことで、サラダの普及は意外にも近代になってからであることがわかります。

イタリア人は遺伝的にサラダが大好き

1563年にヴェロネーゼが描いた『カナの婚礼』の一部
(画像:パブリックドメイン)
http://blog.livedoor.jp/cucciola1007/preview/edit/851c321d7e76e7a840ea6762dd3c44b6

現代のイタリア人も実は大のサラダ好きです。
レストランで頼むサラダの量もさることながら、自宅で食するサラダの消費量には私も当初は驚いたものです。
日本のようにキャベツを生で食べることはまれで、レタスやサニーレタスなどの葉物を中心に、ルッコラやフェンネルなどをバリバリと頬張ります。

ちなみに、イタリアにはドレッシングは存在しません。ルネサンス時代の先達たち同様に、オリーブオイル、酢、塩を好みの量かけて食べるのが通常です。
ルネサンス時代の名シェフ、バルトロメオ・スカッキによれば当時のサラダは必ず食事の最後に供されていたそうです。この流れも変わっておらず、イタリア人は前菜、パスタやコメなどの料理、肉や魚の料理、野菜の順に食べる習慣があります。レストランで注文しても、よほどのことがないかぎりこの順序は不動。食に関しては伝統を重んじるイタリア人のスピリットが、サラダにも貫かれていますね。

ルネサンス時代のサラダのレシピ

17世紀半ばに女流画家ジョヴァンナ・ガルツォーニが残した『アルティミーノの男』。当時のトスカーナ州の産物が描かれています。向かって右下にアーティチョークも。
(画像:パブリックドメイン)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Giovanna_Garzoni_-_The_Man_from_Artemino_-_WGA8486.jpg?uselang=it


ところで、ルネサンス時代に貴族や教皇に仕えた高名な料理人たちがさまざまなレシピを残しています。
味付けはほとんど誰のレシピも変わらず、オリーブオイルと酢と塩で一致しています。サラダの具材には、レタスやフェンネル、ルッコラのほかにルリチシャの花、生のソラマメ、ピーマン、グリーンピース、チャービルなどが登場し、これに干しブドウやアーモンドを加えるというなかなかモダンな食べ方が紹介されています。
また、アーティチョークも生で食べられていました。イタリアのメディチ家からフランス王家にお輿入れしたカテリーナ・デ・メディチはアーティチョークが大好物で、これを栽培する農夫をフランスに伴ったほどです。彼女も、フランス宮廷で生のアーティチョークサラダを堪能していたのかもしれません。

おひとり様で楽しむサラダのドレッシング、イタリア風

ところで、イタリアには市販のドレッシングが存在しないことは先に書きました。
オリーブオイル、酢、塩を自分の嗜好に応じてサラダにかけるだけです。日本にあるさまざまなテイストのドレッシングに慣れたかたにはこれはちょっと物足りないかもしれません。
そこでおすすめしたいのがアンチョビを入れたドレッシング。
ローマ周辺では、冬の終わりから春にかけて「プンタレッレ」という歯ごたえのある野菜が売られます。この野菜に関してのみ、オリーブオイル、酢、ニンニク、アンチョビを混ぜたドレッシングをかけて食べるのです。酢をレモンに代えても美味。
地中海の風味をぜひご自宅で堪能してみてください!

参照元
・Il Genio del Gusto Come il mangiare italiano ha conquistato del mondo
Alessandro Mrzo Magno著 Garzanti刊
https://www.focus.it/cultura/storia/chi-ha-inventato-linsalata
https://www.taccuinigastrosofici.it/ita/news/contemporanea/gastrosofia/condire-insalata.html
https://www.treccani.it/vocabolario/insalata/
https://www.zipmec.com/la-storia-dell-insalata.html

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