19世紀末の芸術に魅了されすぎたら世界が広がった☆the decadence☆ vol.22【ピクトリアリズム-後編】

皆さん、こんにちは。
今回は前回に引き続き、「ピクトリアリズム」についてお話したいと思います。
ピクトリアリズムとは、19世紀後半に実用化されたカメラという機械、つまり科学によって作られた写真を、事象を忠実に残す「記録物」ではなく、より美しく、創造的な「芸術」の分野に昇華させた写真の様式です。
19世紀後半は産業革命を皮切りに科学技術がどんどん発達した時代であり、同時にイギリスが芸術の最盛期を迎えた時代です。
「写真を芸術に昇華させよう」、という芸術界の動きもイギリスを中心に高まっていきました。

と、ここで、「科学は芸術より劣ってるってこと?」と疑問視する人もいることでしょう。
実際、科学と芸術は対照的な存在としてみなされる傾向にあります。
理系VS文系、理論VS感性といった感じでしょうか。
確かに対照的ですよね。
科学の場合、新しい考え方や発見、それを駆使して作られた製品は、より古いものより優れていると言われています。
一方、芸術はより新しい時代に創られたからといって、より古い時代に創られたものより優れている、という概念は存在しません。

個人的には科学と芸術の間に優劣の正解はないと思います。
人に依る、です。
理論によって実用的な製品を作ることは可能だとしても、そこに魅力を感じるかどうかは見た目のデザイン、つまり、人それぞれの感性に依るところも大きいと思います。
アイシャドウは、どのような原料をどんなプロセスで製品化し、どんなデザインでその魅力を引き立たせるか、といった実用性と見た目の美しさが相まって大人気商品☆となりますよね。
意識せずとも、私たちの身の周りのものは科学と芸術のコラボから出来ている、と思います。

同じことがカメラにも言えます。
科学分野と考えられていたカメラを、芸術分野に持ち込んだのがピクトリアリズムでした。



ピクトリアリズムは芸術!

pictorialismという言葉は、pictorial(絵のような、描写された)+ism(主義、特徴)という意味から成り立っていて、1869年に初めて公に使われた単語です。
つまり、19世紀後半に、「写真を芸術に」という一種の芸術運動が始まり、それを表す言葉としてpictorialismという表現が生まれたのですね。
ところで、pictureという単語には、「絵画」「写真」、その他「動画の画面」といった意味がありますが、その語源となるpictutaという言葉には「何らかのイメージが描写されたもの」といった意味があります。

そうすると、絵画も写真も同じものなの?と疑ってしまいそうですが、写真を表す英単語photographyは、photo(光で)+graphy(表現する方法)という意味から成り立っています。
ということは、photography自体が芸術の一分野ですよ、というのがこの単語を造った人の思いだったのかもしれませんね。

そして、pictorialismは、光を使って絵画のように描く、いわば科学と芸術の両方の面を強く持った芸術になり得るのですね。

そもそも芸術は自己表現のひとつです。
創り手の感情や伝えたいメッセージや物語などが込められています。
「ピクトリアリズム」を目指したフォトグラファ(ピクトリアリスト)は、そういった自己表現を光と影によって表しました。
ピクトリアリストは、19世紀後半に流行した絵画(や文学)を中心とする芸術傾向であるラファエル前派※1、唯美主義※2、デカダンス※3、ジャポニズム※4などに影響を受け、それらを「写真」という形で絵画に近づけました。

ちょっとおさらい。19世紀後半のイギリス芸術思想の流れ

上記した19世紀後半のイギリスにおける「新しい芸術」は、ラファエル前派兄弟団を源流として誕生しますが、その芸術思想についてちょっとだけお話したいと思います。

※1【ラファエル前派】
ラファエル前派兄弟団と、彼らの作品に影響を受けた「芸術家一派」や「芸術傾向」。またはラファエル前派兄弟団を別枠でP.R.Bと表記して区別することも多い。

『オフィーリア』, 1894
John William Waterhouse
P.R.Bの画家ミレイに影響を受けたウォーターハウスの作品。個人的に、本当に好きな画家です。
[画像引用元]https://en.wikipedia.org/wiki/Ophelia_(John_William_Waterhouse)


※2【唯美主義】
「耽美主義」とも言う。ラファエル前派、特にロゼッティを筆頭に「美しさ」を最も価値のあるものとする考え方のこと。倫理観、道徳観といったものを排除し「美」それ自体に浸る芸術傾向

『パヴォニア』, c1859
Frederic, Lord Leighton
唯美主義の画家であり、ラファエル前派の画家。とても美的な絵画を描きました。唯美主義に欠かせない個人的に大好きな画家です!
[画像引用元]https://www.christies.com/features/Reynolds-Rossetti-Leighton-Freud-Four-artist-muses-7454-1.aspx


※3【デカダンス】
退廃的な世紀末思想。ラファエル前派や唯美主義の影響を受けているが、「堕落的」「享楽的」「幻想的」といった、反道徳的なイメージを含む「美」を追求した芸術傾向。主義というより思想。唯美主義と重なるところも多い。

『サイレント・ヴォイス』, 1898
Gerald Moira
デカダンス的傾向の作品。霊的存在が女性の耳元でささやいているオカルト性のある絵画。ジェラルド・モイラは、ウォーターハウスの作風の影響を受けており、ラファエル前派の画家とも言われています。こちらも、大好きな画家です。
[画像引用元]http://www.jeanmoust.com/artists/art/moira-gerald/the-silent-voice-1331961


※4【ジャポニズム】
「日本趣味」とも言う。鎖国後、日本文化が西洋に伝わり、その美しさや優雅さに魅了された芸術家が、例えば屏風、浮世絵などの作風を作品に取り入れたり、着物や扇子などを作品に描いたりした。主義というより、日本文化の魅力を部分的に作品に取り入れる、といった部分的傾向を指す。

『陶器の国の姫君』,1865
James McNeill Whistler
ホイッスラーはジャポニズムを作品に多用した画家です。P.R.Bのロゼッティと親交の深い芸術家です。唯美主義の画家とも言われています。
[画像引用元]https://de.wikipedia.org/wiki/Datei:James_McNeill_Whistler_-_La_Princesse_du_pays_de_la_porcelaine_-_Google_Art_Project.jpg


[ラファエル前派兄弟団→唯美主義→デカダンス]が大まかな芸術思想の流れですが、重なり合うところもあり、正確に時代ごとに分けることは難しいです。
「ラファエル前派」「ジャポニズム」に関してはさらに時代区分がなく、19世紀後半の芸術全般に渡ります。

このように、19世紀後半のイギリス芸術の主義・思想は複雑なので曖昧なところも多いのですが、それ以上にその多様性が魅力的です。
また、19世紀後半のイギリスにおける新しい芸術といえば、絵画から始まり、文学作品にも大きな影響を与えました。そしてそして「写真」にも!

ピクトリアリズムの作品

ピクトリアリズムは1860年代がその先駆けとなり、1890年代から1910年代にかけて全盛期を迎えました。カメラの発達と共に作風はより理想形に近づきました。
上記したように、ピクトリアリスト(ピクトリアリズムを目指したフォトグラファ)は、19世紀後半の絵画の作風に影響を受けました。

Winter landscape: solitary tree by a bend(『冬景色―川のカーブに立つ一本の木』)
by George Davison, 1910
[画像引用元]https://www.nms.ac.uk/explore-our-collections/collection-search-results/?item_id=20038301


ジョージ・デヴィンソンによって撮影された写真です。
ぱっと見、写真?絵画?と迷いそうな作品です。
ピクトリアリズムの最盛期(1890s -1910s)の作品ですが、この写真が絵画みたいに見えるのは、ぼかしたイメージで撮影できるレンズ(ソフトフォーカス)を使うことで、霞がかった独特の雰囲気が出ているからです。
様々なピクトリアリストの作品の影響を受けて編み出された作風で、ピクトリアリズムの理想形に近い作品のひとつです。

『青と金のノクターン-オールド・バターシー・ブリッジ』c.1872–5
James Abbott McNeill Whistler
印象派 唯美主義
[画像引用元]https://www.tate.org.uk/art/artworks/whistler-nocturne-blue-and-gold-old-battersea-bridge-n01959


これは、ジャポニズム好きの唯美主義の画家であるホイッスラーによって描かれた絵画です。
この作風って、なんとなくジョージ・デヴィンソンの写真作品に似てる感じがしませんか?
ホイッスラーは、同時代の他の画家とちょっと作風が違います。
ほんわりとしており、霞がかった感じの作風です。
この作風は「印象派」と呼ばれています。
イギリスでは、18世紀後半から19世紀前半にかけて活躍した「印象派」の先駆けの画家ウィリアム・ターナーが有名です。
絵画好きの人の中には、ターナーの大ファンという人も多数います。
フランスでは19世紀後半以後に活躍したルノアールやドガなどが印象派の画家として有名ですね。

ちょっと癒されるような、ほんわりしていて、でも光の明暗によって風景に物語性を感じるような美しいイメージの作風です。ロマンティック、といった感じでしょうか。

このように19世紀後半のイギリスでは、カメラが社会に浸透し、ピクトリアリズムのフォトグラファが写真を絵画に近づけようと試みました。
こうした作風は、現代でも好まれる作風のひとつです。

2回に渡って、ピクトリアリズムのさわりをお話してきました…が、ラファエル前派とフォトグラファの話、ちょっとしかできなかったですね。
次回は、「人物」を撮影したラファエル前派と親交の深いフォトグラファについてお話したいと思います。

「ピクトリアリズム」に興味を持たれた方は是非ネットで検索してみてくださいね。
たくさんの写真作品を見ることができます。

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