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19世紀末の芸術に魅了されすぎたら世界が広がった☆the decadence☆vol.16【絵画から抜け出したファッション編】

皆さん、こんにちは。
先日、楽しみにしていた写真展「In Situ ピエール=エリィ ド ピブラック展」(銀座CHANELネクサスホール。新型コロナウィルスの感染拡大防止に関する東京都の要請により期日前に終了)を観に行きました。
写真家ピエール=エリィ ド ピブラック氏が捉えたパリ・オペラ座のバレエダンサー達の美しい姿を鑑賞できます。
舞台裏のダンサーの姿がピブラック氏独自の作風で表現されており、その美しさに魅せられ、2日連続で足を運んで作品鑑賞に満足しました。

公演会場「ガルニエ宮」の天井にはシャガールの絵画、支柱には彫刻が装飾され豪華絢爛でした。
「ネオ・ゴシック」と呼ばれる建築様式です。

ダンサーさんの後ろ姿、繊細な髪型、パニエ、写真の構図など、すべてが美しく溜息が漏れました。

モノクロ作品が主として展示されていました。

ダンサーさんのシルエットや、その影が床に反射している姿に魅せられました。
窓枠とダンサーさんの重なった構図や、床に映った反射と影も美しく、再び溜息が漏れてしまいました。

どの写真も全体だけでなく、ディテールに目を向けると惹きつけられるところが多くありました。
写真は、絵画と同様、全体とディテールの双方に目を配ることで、自分ならではの「好き」を発見できます。
つまり、写真を通して自分との「対話」ができるのです。
こういったアプローチは写真や絵画のみならず、芸術作品全般をより楽しく鑑賞させてくれ、心を満たしてくれます。
さらに今回の展覧会では、動きあるものの一瞬を切り取る、という写真ならではの魅力を満喫できました。

今や自己表現のひとつである「写真」は芸術の一分野ですが、まだ一般的に普及していなかった時代にカメラで撮影された写真は、当時の状況を知る上でとても貴重な存在だったと言えます。

絵画から抜け出したファッション

そのような時代にイギリスで撮影された写真のひとつが絵画モデルなどを務めていたジェーン・モリスの写真です。
この写真は、写真家兼画家であるジョン・ロバート・パーソンズ[John Robert Parsons ( c. 1826 – January 1909)]によって、1865年に撮影されました。
ポージングはラファエル前派兄弟団[Pre-Raphaelite Brotherhood (1848-1853)のリーダーであるダンテ・ゲイブリル・ロゼッティ[Gabriel Dante Rossetti (1828 -1882)]が指示しました。

画像引用元:https://collections.vam.ac.uk/item/O82845/jane-morris-posed-by-rossetti-photograph-parsons-john-r/
collection: The Victoria and Albert Museum in London

1865年頃といえば、イギリスでは中流階級出身の淑女らがお洒落に夢中だった頃です。
過剰装飾とまでいわれた、フリルのついたドレスに、コルセットやクリノリンで体のシルエットを人工的に作り上げていました。
一方で、淑女のなかから当時の規範に堅苦しさを感じて、髪を染めたり化粧をしたりと、より自由奔放なお洒落を好む「新しいファッション」をした若者も現れた時代です。

画像引用元:https://fashionhistory.fitnyc.edu/1869-2/

そういった淑女のお洒落な姿と違って、写真の中のジェーン・モリスは質素な纏いをしています。
ドレスも装飾的ではありません。
ここには大雑把に言えば2つの要因が挙げられます。
まず、ジェーンが労働者階級出身であったこと、次に、ロゼッティが絵画に描いた女性の服装が質素であったことが挙げられます。

ジェーン・モリスってどんな人?

ジェーン・モリス[Jane Morris (1839 -1914)は、ロゼッティの絵画のモデルを務めたことで知られています。
ジェーンは労働者階級の貧しい家に生まれ、使用人として働くことになっていました。
しかし、17歳の頃、オックスフォードの劇場に来ていたところ、たまたまモデルハンティングをしていたロゼッティに見初められスカウトされました。
後に、中流階級出身のウィリアム・モリスに見初められ、2人は結婚します。
労働者階級出身で教養のないジェーンは、夫に釣り合うよう教養を身につけました。
生まれながらの美しさや知性の高さからジェーンは中流階級の地位に見合う女性になります。

ロゼッティはジェーンの美しさの虜になり、彼女をモデルに複数の絵画を描きました。
また、長きに渡る愛人でもありました。
ジェーンの角ばった顎、憂いのある深いグレーの瞳、線の太い、ウェーブがかった黒髪はロゼッティにとって「美しさ」そのものでした。
ロゼッティが「美しい」と称賛する女性は、顎が角ばっており、憂いのある深い瞳に赤味がかった縮れ毛と、ある種独特の趣味だったようです。
当時の淑女の美しさには、「か細さ」が必須条件でしたが、ロゼッティの好みの女性には「か細さ」はあまり見られません。
しかしながら、顔色に関しては、淑女に求められた「病的なほど青白い」肌を好んでいたそうです。
ロゼッティの複数の愛人のなかで、ジェーンは特別な存在だったと言われており、最高のミューズとして芸術家仲間からも称賛されていました。
夫がいながらもロゼッティと愛人関係を続けたジェーンは「宿命の女」であると同時に「堕ちた女」でもありました。
堕ちた女については過去のコラムに書かせて頂いたので、興味のある方は読んでみてくださいね。

ジェーン・モリスとドレス

写真の中でジェーンの纏っているドレスは、彼女のハンドメイドと言われています。
このドレスはロゼッティが、ジェーンをモデルにした絵画を描くために、彼女に制作依頼したドレスでした。
ジェーンは労働者階級出身だったため針仕事ができ、さらに彼女の芸術的才能もあったため、身分は「淑女」でも、職人でもありました。
ドレスは、深いグリーン一色の色合いにドレープ、刺繍を少し施す程度が唯一の装飾でした。

白昼夢
The Day Dream, 1880
Rossetti, Dante Gabriel
油絵
所蔵:ヴィクトリア&アルバート博物館
画像引用元:https://collections.vam.ac.uk/item/O14962/the-day-dream-oil-painting-rossetti-dante-gabriel/

この『白昼夢(The Day Dream)』で、女性の手に「スイカズラ(honeysuckle)」が添えられていますが、これはヴィクトリア朝時代には、愛の象徴とされていました。
ジョンが撮影した写真の中でジェーンが手に持っている植物も、もしかしたらスイカズラだったのかもしれませんね。

Proserpina, 1874
Dante Gabriel Rossetti
油絵
所蔵: Tate
所蔵: Tate
画像引用元:https://www.tate.org.uk/art/artworks/rossetti-proserpine-n05064

上記2つの絵画は、ロゼッティがジェーンをモデルに描いたものです。
絵画の中に描かれたドレスは、なんとなく、写真の中でジェーンが纏っているドレスに感じが似ています。
ロゼッティはギリシャ神話やローマ神話、または中世のドレスを好み、それを絵画の中で表現しました。
コルセットやクリノリンを身につけていない、本来の自然な体のラインに沿うゆったりした、シルク素材のようなふんわりしたシンプルなデザインのドレスです。

絵画の中から飛び出したファッション―「エステティックドレス」

このように、ロゼッティが絵画の中で描いたドレスは、ラファエル前派兄弟団に後続する「ラファエル前派」、「唯美主義」の画家の多くが好んで描きました。
そして、こうしたドレスを好んだのは画家だけではありませんでした。
イギリスの老舗百貨店であるリバティ商会の創始者アーサー・ラセンビー・リバティ[Arthur Lasenby Liberty(1843-1917)]が絵画に描かれたドレスに魅せられ、それを実現化しようとデザイナーを雇い、1884年に服飾部門を設立しました。
リバティ商会では、舞台衣装からナイトガウンまで様々な衣装が販売されました。
そのデザインにインスピレーションを与えたひとつが、ラファエル前派兄弟団を源流とする画家らが絵画の中で描いたファッションでした。

例えば、このようなドレープ調のさらりとしたドレスが「絵画から抜け出した」ファッションのひとつであり、「エステティックドレス(aesthetic dress)」と呼ばれています。
「エステティックドレス(aesthetic dress)」には様々な種類があるので、それについてはまたの機会にお話したいと思います。

画像引用元:https://nl.pinterest.com/pin/438115869976818888/?nic_v1=1a%2FvJoi0a%2FF32BhQNvI9h0GqYIbxSJkQXuhWx22MUSsdJsBJGa6skHF7jG3%2Bgg9b36

リバティ商会で販売されたエステティックドレスは、芸術家の周辺の女性らである「妻や愛人、女優や上流階級の女性」に特に好まれ、ヴィクトリア朝時代後期にイギリスの「淑女」のドレスと並んで人気を博すこととなります。

次回はリバティ商会と交流の深かった芸術家やその周辺の人々「画家の妻や愛人など」を巡るマジか(‘Д’)!!な恋愛模様を絵画作品を通してお話したいと思います。

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