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死者との旅の終点は…。余韻が胸を刺します。小説「岸辺の旅」湯本香樹美著 文春文庫

息子の幼馴染はとても素敵な写真をインスタグラムにあげています。
ウッドデッキでお昼寝する猫。公園の砂場にある誰かが忘れた小さなバケツ。
雨上がりの水たまりの反転した世界。霧に覆われた道路。ポツンと置かれた古い自転車。朝露がこぼれそうになっている田んぼの青い稲。曇り空と枯れ木。
そのどれもスマホで撮影したというのが驚き。
そして、加工もしていないとのこと。
「きれいだなとか、かわいいと思った時に撮る」ようです。
小さなころからとても感受性の豊かな子だったので切り取られた場面がなんだか物語性を持っているように感じます。
私なんて自分のペットさえ可愛く撮れないのに、野良猫をすごく可愛く映すんですよ。生まれつきの才能なんですかね。
羨ましい…。そして、私の息子は、少しは彼に感化された方がいいと思う。
夕焼けをみたら綺麗と感じるより「みかん食いてえ」という人種だから無理か…。

今回ご紹介する小説は湯本香樹美さんの「岸辺の旅」です。
表紙の写真が前出の彼の撮る写真に似ていたので…。表紙買いしました。

では、あらすじを簡単に

瑞希は夫である優介が失踪してから3年間、ピアノ教師をすることで世間との繋がりを保っていました。
そんな彼女の前に、ある日突然に優介が現われます。話すそぶりも仕草も態度も失踪前と変わらない優介。しかし、彼から自分はすでに死んでいると言われ、瑞希は混乱します。ですが、優介に2人の思い出の地をめぐる旅に出ようと持ち掛けられ、彼女は彼のそのことばに従うのでした。
それは死後の軌跡をさかのぼる旅だったのです。

作家情報

作者は湯本香樹美さんです。脚本家としても活躍されています。
以前、こちらでは『ポプラの秋』をご紹介しています。
「ポプラの秋」もそうでしたが本作「岸辺の旅」も浅野忠信さんと深津絵里さんのダブル主演で映画化。
2015年、第68回カンヌ国際映画祭・「ある視点」部門に出品され、監督を務めた黒沢清さんが監督賞を受賞されています。

彼岸と此岸

瑞希は夜中に急にしらたまが食べたくなり、黑胡麻で餡をこしらえてしらたまでくるもうとしている時に3年まえに失踪した夫が姿を現します。
急にしらたまが食べたくなったのは夫の好物だったからなのです。
そこで、彼女は気づくのです。
夫がもう死んでいるということに。
しかも、水が原因だと薄々感じていたようです。
優介曰く「遠い水底で蟹に喰われた」とのこと。
彼女は夫のいない3年間、夫はもうこの世にいないということを静かに受け入れていたのかしら?
生きていた時と寸部と違わない夫。しらたまも食べるし熱いという感覚もある。髭も伸びている。
でも、死んでいるという。そして、2人は旅に出るのです。

湯本さんの文章は静かで淡々としているのですが、美しく切り取られた風景描写と会話の絶妙な組み合わせが心地よく、スッとその世界観に入り込むことが出来ます。

生と死、彼岸と此岸。静かにたゆたいながらの旅は寄り添う2人がもしかしたらずっとこれからも一緒でいられるのかも…との淡い期待を抱かせます。
2人が旅を辿る姿は胸が締め付けられます。
ひょっとしたら生と死、その境界線はものすごく曖昧なのではないかな…。
そして、凄く近いのかもしれない。
不思議なお話ですが妙な現実感があり心にずんと響く作品です。
雪の降る静かな夜にいかがですか?

岸辺の旅
著者:湯本香樹美
出版社:文藝春秋
発行:2012年08月03日

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