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感情を持たない少年と激しい感情を持つ少年。二人の怪物のお話。小説「アーモンド」ソン・ウォンビョン著 矢島暁子訳

以前、勤めていた会社にいた同僚の女性。
彼女は私より15歳年下。くっきりとした目鼻立ちでスタイル抜群。イメージ的には女優の米倉涼子さんのよう。
人目を引く美人さんでした。
けれど、少し情緒が不安定なところがあり、機嫌のよい時と悪い時の落差がとても激しい人でした。
機嫌の悪い時は朝、ドアを開けた瞬間に一瞬で室内が凍りつくほどのトゲトゲしたオーラを撒きちらしています。
そんな日の彼女はハリネズミみたい。些細な事でも怒るし手が付けられないのです。
機嫌の良い日は良い日で仕事に関係のない自分語りを始め出して厄介だったんですけどね。
そのどちらもほとんど恋愛絡みでしたね。
それが耐えられずに辞めていった人もいるんですよ。
けれど、人情に厚いところもあったり、少し天然発言をする部分がギャップ萌えなのかしら?心底嫌いにはなれなかったな。
自分の感情に素直なのが逆に羨ましかったのかもしれないですね。
私が辞めた後、しばらくして彼女は彼を追いかけて関西の方に行ってしまったと聞いたけれど、先日、街で姿を見かけました。
赤ちゃんがいるのでしょう。ふっくらとしたお腹をしていて一緒にいた男性に見せる笑顔は私が見たことのない穏やかな彼女の顔でした。
(あ、凄く幸せそう)
トゲトゲが消えた彼女はハリネズミからウサギに変わっていました。

さて、今回ご紹介する小説は「アーモンド」です。

では、あらすじを簡単に

扁桃体(アーモンド)は側頭葉内側の奥にあるアーモンド(扁桃)形の神経細胞の集まりです。それが人よりも小さく、怒りや恐怖を感じることができない十六歳の高校生、ユンジェ。
彼は、十五歳の誕生日、12月24日クリスマスイブの夜、目の前で祖母と母が通り魔に襲われたときも、ただ黙ってその光景を見つめているだけでした。
彼を“かわいい怪物”と言った祖母はその事件で亡くなり、母は植物状態になってしまいました。
母は、感情がわからない息子に「喜」「怒」「哀」「楽」「愛」「悪」「欲」を丸暗記させることで、なんとか”普通の子”に見えるようにと訓練してきました。
ですが、事件のせいでユンジェはひとりぼっちになってしまいました。
そんなとき現れたのが、もう一人の”怪物”、ゴニでした。
ユンジュが持たない激しい感情の起伏を持つその少年との出会いはユンジェの人生を大きく変えていくことに…。

作家情報

作者はソン・ウォンピョンです。
映画監督、シナリオ作家、小説家として、幅広く活躍しています。
大学で学んだ後、韓国映画アカデミー映画科で映画演出を専攻します。
2001年、第6回『シネ21』映画評論賞を受賞し、2006年「瞬間を信じます」で第3回科学技術創作文芸のシナリオシノプシス部門を受賞しました。
2016年、初の長編小説『アーモンド』で第10回チャンビ青少年文学賞を受賞。2017年には長編小説『三十の反撃』で第5回済州4-3平和文学賞を受賞しました。

風景描写が秀逸

本作は韓国で40万部の売り上げを記録し、13ヶ国で翻訳されている小説です。
BTSのメンバーが読んでいたということも話題になっていました。
日本では2020年本屋大賞翻訳小説部門の第1位を獲得している作品です。

ユンジュは自分の感情もわからないので他人の感情もわかりません。すなわち、共感性が欠如しているのです。
コミュニケーションには共感性が不可欠です。ユンジュの母は息子が困らないように訓練をします。漢字の読めない祖母も見様見真似で感情を表す漢字を書き協力します。
この2人の女性からは限りない愛情が感じられます。ユンジュ目線で描かれるので淡々とした描写ですが、3人のやり取りは愛に溢れていて、読者の胸にはちゃんと伝わって来るのです。
そう、ユンジュは愛されて育った子なのです。
一方、ユンジュが出会った少年ゴニは愛を知らない子。しかし、多感な心を持っている子なのです。
そんな正反対ともいえるゴニと関わることでユンジュの心にも変化が現れ…。
感情はないけれど、それ故にまっすぐ物事を捉えられるユンジュはある意味とても純粋に世界を見ることが出来ているのではないでしょうか。
季節の変化、匂い、触感がとても丁寧に繊細に書かれていて、それがユンジュ視線な事を思うとそう感じます。
温かな余韻が心に長く残る、そんな作品です。

アーモンド
著者:ソン・ウォンビョン
翻訳:矢島暁子
出版社:祥伝社
発行:2019年07月12日

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