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儚く淡い記憶と現実の境界線を漂う 小説「きことわ」朝吹真理子著 新潮文庫

本を選ぶときは表紙買いすることが多いのですが、言葉に惹かれて選ぶこともあります。
「月」「夜」「花」「風」といった風景が映像で脳内再生される言葉が含まれたタイトルや、言葉の響き(呟いてみると心地よさそうな言葉)に惹かれます。
ひらがなだけだと柔らかな印象、でも、ときに怖さも感じたり古めかしい感じもしたり…。
カタカナだとポップなイメージ。洗練されたイメージ。
タイトルを観ているだけでもとても楽しい。
書店や図書館には1日中いられると思うな。
いや、どうかな?

タイトルや表紙だけを眺めて帰ってくることが多いことを思えば1日中はいられないかもしれない。
ニヤニヤしながらたまに独り言をつぶやいている変なおばさんだと思われるのは嫌なのでなるべく長居はしないようにしています。

今回ご紹介する作品は朝吹真理子さんの小説「きことわ」です。
ひらがなの並びと謎めいた語感が好きです。



では、あらすじを簡単に

永遠子は25年以上むかしの、夏休みの記憶を夢として見ています。
つくられたものなのかほんとうに体験したことなのか…。
夢というものに根拠はありません。
でも、たしかにこれはあの夏の1日のことだという気がしています。
そして、かつて自分が見たはずの出来事に引き込まれていくのです。
なにかのつづきであるかのように始まっていく…。
幼い頃のこと。とりとめのない1日の記憶がゆすりうごかされていきます。
葉山の高台にある別荘で、幼い日をともに過ごした貴子と永遠子。
最後にあったのは、25年前の夏でした。
25年後、別荘の解体をきっかけに二人は再会するのですが…。

作家情報

作者は朝吹真理子さんです。
1984年生まれ、東京都出身です。
2009年に『流跡」で小説家デビューします。この作品で2010年に第20回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞しています。
2011年には本作『きことわ』で、第144回芥川龍之介賞(平成22年度下半期)を受賞しました。
他作品に『TIMELESS』(2018年6月 新潮社)、エッセイ『抽斗のなかの海』(2019年7月 中央公論新社)があります。
大叔母にあたる朝吹登水子さんはフランソワーズ・サガンの『悲しみよこんにちは』を翻訳されている方です。

心地いい浮遊感

別荘の持ち主の娘である貴子、別荘の管理人の娘の永遠子。幼い頃、葉山の別荘で同じ時間を過ごした2人が25年という長い年月を経て再会します。

幼い頃の記憶とは朧気で曖昧なもの…。
食い違っていたり、混ざっていたり。

姉妹ではない2人ですが絡み合う腕や髪の繊細で美しい描写で。それ以上の繋がりを感じさせてくれます。
過去と今を行ったり来たりしながらそのうちに記憶なのか夢なのかわからなくなっていきます。
夢と現実の境界線が曖昧になる、うたたねをしているときのような感覚に陥ってしまう。
言葉の選択、漢字とひらがなの使い分けの絶妙さ、読み終わるのが惜しいとさえ思う心地よい美しい文章です。
小説なのだけれど映像が自然と脳内に溢れてきて、まるで1本の短編映画を観た時のような不思議な感覚が押し寄せます。
この浮遊するような不思議な世界観、好きです。
ゆっくりと味わうように堪能したい作品です。

きことわ
著者:朝吹真理子
出版社:新潮社
発行:2011年1月26日

※画像はAmazonより引用させていただきました

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