恋による再生と自立 小説「空夜」帚木蓬生著 講談社文庫

いつの間にか冬物のコートの出番が減り、庭の片隅に菜の花が一つ二つ咲き始めました。
そういえば、天気が良い休日の公園にも人手が増えた気がします。
もう春なんですね。

コロナ過でマスク生活が普通になっているからか、今年は花粉症が少し落ち着いています。いいことだ。

毎年、咲き始めた春の花を観ると、くしゃみと耐えがたい目のかゆみのなか、
「春なんて早く終われ」
とうんざりしていたのですが、今年は春を感じてなんだか嬉しい気持ちの方が大きいです。
いいことだ。

とはいえ、新型コロナウィルスが収束したわけではないので、あまり浮かれず、部屋に花でも飾って楽しむことにしようかな?

さて、今回ご紹介するのは小説「空夜」です。



では、あらすじを簡単に

九州にある山中の過疎化が進む村に住む真紀。
真紀には夫と娘がいます。ワイン製造業を営む真紀の父の勧めで結婚した夫は、ギャンブル依存症気味で何度も金銭トラブルを起こしています。
真紀の実家で生活を共にしている夫の不自由さを気遣いはするものの、夫婦仲はいまや完全に冷え切っています。
ある日、真紀は幼馴染で中学3年生までこの村に住んでいた慎一が診療所の医師として村に戻ってくることを知ります。
真紀の心は波打ちます。
桜の花びらに糸を通しブレスレットのようにして真紀にくれた慎一。きれいな歯並びで笑うとえくぼができた慎一。
診療所に通うかどうかは彼に会ってから決めよう。
一方で真紀が通う街のブティックの経営者・俊子も、愛人のいる夫に愛想を尽かし、人目を忍ぶ恋に堕ちていた。
四季の移ろいのなかで揺れ動くそれぞれの心は、徐々に色づいていく…。

作家情報

作者は帚木 蓬生(ははきぎ ほうせい)さんです。1947年生まれ、福岡県出身です。
東京大学文学部仏文科卒業後、TBSに勤務。退職後は九州大学医学部に学び、精神科医に転身します。
医師として従事する傍らで執筆活動にも励み、1992年『三たびの海峡』で第14回吉川英治文学新人賞を受賞しています。
他作品に『エンブリオ』 (集英社文庫)、『閉鎖病棟』(新潮文庫)、『アフリカの蹄』(講談社文庫)などがあります。
『閉鎖病棟』は2019年に映画化され話題になりましたね。
世間から閉ざされた精神科病棟の中で懸命に生きる患者たちの姿に胸を打たれ、小説を読んだ時も映画を観た時も涙してしまいました。

爽やかな読後感

医療関連の小説が多いイメージの帚木さんですが、本作は珍しく恋愛を描いた作品です。

子供の頃、ひそかに思いを寄せ合っていた真紀と慎一。ブティックの経営者、俊子と年下の恋人・達士。物語は、2組が辿る恋模様を章ごとに交互に描いています。

九州の奥深くにある自然豊かで情緒的な風景がとても美しく表現され、それと共に2人の女性の気持ちの揺れ動きが細かく、丁寧に書かれています。
2人とも破綻しているとはいえ結婚しているので、不倫関係ということになりますが、本作は2人の女性たちが恋によって輝き、前に進む力となっている様が繊細に描かれています。そして、ドロドロとしていないのがいい。
四季それぞれを彩る日本の美しい花々が咲き誇るように、2人の女性が鮮やかに殻を破っていく。
2人の女性の再生と自立は爽やかで清々しく…。

空夜
著者:帚木蓬生
出版社:講談社
発行:1998年04月15日

※画像は講談社BOOK倶楽部より引用させていただきました

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