小説「ぬばたま」あさのあつこ著

昨年10月に猛威を振るった台風は、私の住む長野県に甚大な被害をもたらしました。
堤防が決壊し、千曲川が氾濫した地区から数キロ離れた場所に住んでいた従姉妹の家も、床上浸水の被害に遭い1階部分はひどい状況だったようです。
新築で1年も経たないうちでの被害でしたのでとてもショックを受けていました。

私が住む地域全域にも避難勧告が発令されたのですが、猫7匹を残していくことはできませんので家族全員、自宅に留まっていました。
今までの人生で経験したことがないような強風で、家ごと飛ばされるのではないかという恐怖のあまり眠ることはできませんでした。
古い木造家屋なので風でギシギシ音がするんですよ。
幸いにも、道路に面した2階部分の風よけの壁が傾いた程度で済んだのですが、後日ハザードマップを確認したところ、家はすっぽり入っていました。
周囲の山が崩れたら、ひとたまりもないということです。
毎日、何気なく目にしている山が秘めているとてつもない脅威を思うと、少し背筋が冷たくなります。

さて、今回ご紹介するのはあさのあつこ著「ぬばたま」です。

ではあらすじを簡単に。

~職場の不祥事の責任を負わされ辞職した男。妻子にも愛想をつかされ絶望のうちに帰った故郷の山を彷徨うなかで見た恐ろしい幻影。少女の頃、初恋の少年を山で失った女は約束を果たすために山のある故郷に戻る。山で見たおぞましい光景が幼なじみ三人の運命を狂わせる。死者の姿が見える男女の不思議な出会い。山は人魂の還るところ。山に囲われて生きた者は、みな誰も山に還るのだという。山に抱かれて朽ちていく。都市に生きる人たちはあの恐怖を、あの陶酔を、知らない…。闇と光、生と死、そして恐怖と陶酔が混じり合う、四つの幻想的な物語。~

著者のあさのあつこさんは1997年「バッテリー」で野間児童文芸賞を受賞されています。
幅広い世代の読者から支持を得て、児童書では異例の1000万部ベストセラーになっているようですね。
また時代小説も執筆していたり、2011年には「たまゆら」で島清恋愛文学賞も受賞しています。

あらゆるジャンルが書けるなんて素晴らしいですよね。

「ぬばたま」とは「黒」「夜」「夕」「宵」「髪」にかかる枕詞で、ヒオウギという草の種のことです。丸くて黒いことから「ぬばたま」と言うそうですよ。

人は本能的に闇を恐れますが、山の木々が生い茂り重なり合う深い緑色は、闇と同等の恐怖を感じさせます。
今までは深海が私の恐怖の対象でしたが山も同じですね。
底知れぬ深さを思うと恐ろしい。

山も海も共通しているのは「吸い込まれそうな恐怖」なのではないか?
この作品を読んで思ったのです。
「山に呼ばれる」ということは吸い込まれるということなんですね。

山で踊る女の白い足首、死体に群がる黄色い蝶の群れなど、濃い緑の闇のような山の中で浮かびあがる色の描写が、不気味だけれど印象に残ります。

「残る者と逝く者、どちらの淋しさが勝るのだろうか?」
作品の中で作者は問いかけます。
この問いに正解はないと思うのですが、この作品では「山に呼ばれ、山に還る」ことが「死」ということなので、呼ばれて還ることはむしろ安穏なのではないのかなと私は感じました。

神聖であり恐ろしい山が、今にも襲い掛かって来るようなリアルな描写は、作者が山も川も谷もあるところで生まれ育ち、現在も自然に囲まれその脅威を身近に感じているからこそだと思います。

妖艶で鮮やかで不気味な、夢の間のようなお話。最終章には驚きの事実が隠されています。繰り返す言葉は呪術のようで、深い世界観に引き込まれます。
たまには摩訶不思議な世界の余韻を楽しむのも一興ですね。

ぬばたま
著者:あさのあつこ
出版社:新潮社
発行:2008年1月

※画像はAmazonより引用させていただきました

関連記事一覧