「KING&QUEEN展」上野の森美術館-後編
皆さん、こんにちは。先日(10月中旬)、上野の森美術館にて開催中(2020/10/10-2021/01/11)の「KING&QUEEN展 ―名画で読み解く 英国王室物語―」に行ってきました。
新型コロナウイルス感染防止対策により事前予約制となっていますが、とても人気の高い展覧会です。
KING&QUEEN展では、16世紀のテューダー朝(1485-1603)に始まり、現在の王朝であるウィンザー朝(1917-)までの5つのセクションで構成され、英国王室の人々の肖像画が時代順に展示されていました。
前回は、ウィンザー朝のエリアより写真家セシル・ビートンについてお話しました。
今回は、ヴィクトリア王朝(1837-1901)のエリアから、ヴィクトリア女王にまつわるストーリーをお話したいと思います。
ヴィクトリア朝はイギリスの他の王朝と異なり、ヴィクトリア女王(1819-1901)ただひとりが統治した時代です。
実際のところ、ヴィクトリア女王の統治期間はハノーヴァー朝(1714-1901)に含まれます。
ヴィクトリア女王の即位期間はイギリスが産業革命によって近代化し大英帝国となり、芸術分野においても栄華を極めました。
それゆえ、ひとつの大きな時代として「ヴィクトリア朝」と称されています。
KING&QUEEN展ではヴィクトリア朝エリアにヴィクトリア女王の肖像画が複数展示されていました。
中でも、ヴィクトリア女王と夫であるアルバート公(1819-1861)の仲むつまじい姿の肖像画写真からは様々な物語が溢れているように感じられました。
本展覧会の会場内でも解説されているように、ヴィクトリア女王とアルバート公の結婚は、王室や貴族階級にありがちな「政略結婚」ではありません。
ヴィクトリア女王が従兄弟にあたるアルバート公に一目惚れし、プロポーズした後、結婚に至りました。
ふたりの愛情溢れる姿は写真に収められ、プロマイド写真として世間に広がりました。
家庭の天使
「流行は王室から」であった当時、ヴィクトリア女王とアルバート公の「愛に満ちた家庭」の姿は、プロマイド写真の普及によって、主に中産階級の人々にとって憧れとなりました。
さらに、「愛のある家庭」のイメージは、同時代に創られた詩によって具体化されました。
ヴィクトリア朝詩人であるコヴェントリー・パトモア[Coventry Kersey Dighton Patmore/1823-1896)]は、『家庭の天使』(The Angel in the House, 1854-1862)という題名の詩を創作しました。
パトモアは、自身の妻を理想的であると考え「家庭の天使」と呼称し、『家庭の天使』を執筆しました。
夫に献身的で、控えめで、儚げで、情に厚く、自己犠牲をいとわず、優美で、魅力的で、純粋な女性。
パトモアは自身の妻をモデルに、男性目線からのヴィクトリア朝時代の女性の理想像を描いたのです。想像しながら読む分には美しい旋律です。
しかし!そのヴァーチャルな世界観は現実世界に浸食し始めました。
「家庭の天使」は、ヴィクトリア朝時代の中産階級の人々の間で、結婚生活における女性の理想像を表すアイコンとなりました。
女性たちは男性の描く理想的な女性像を実践するよう強いられたのです。
結婚後にぱっと「理想的」な女性になることは至難の業です。未婚の女性にも「家庭の天使」のような理想的な女性でいることが求められました。
夫に献身的で、控えめで、儚げで、情に厚く、自己犠牲をいとわず、優美で、魅力的で、純粋…。ツラい。
このように中産階級の女性たちは、現実世界で「家庭の天使」として振舞うことを要求されました。
「家庭の天使」の姿は、絵画にも描かれています。
窓際には花瓶が置かれ挿された花は枯れています。寒さによって花は枯れてしまったのですね。
室内の暖炉には火が灯されています。
外の寒さと、室内の暖かさや微笑む美しい女性の優しげな姿との対比によって「暖かい家庭」の姿が描かれています。
パトモアの詩『家庭の天使』は、ヴィクトリア朝時代において、中産階級の人々の社会生活に多大な影響を与えることとなりました。
ちなみにパトモアは、ラファエル前派兄弟団のメンバーとも知り合いだったらしいです。
詳細はまたの機会にお話したいと思います。
ヴィクトリア女王とアルバート公の微笑ましい結婚生活の姿が、ひとつの詩という文字媒体によって、女性たちが男性に都合の良い理想像の実現という苦難に変化してしまうとは…
SNSのない時代でも言葉の影響力ってすごいですね。
モーニングジュエリー
愛のある結婚生活も、相方の死によっていつか終わる…。とても悲しいです。
アルバート公は約40年で生涯を終えました。
愛する夫の死に嘆き悲しんだヴィクトリア女王は、夫の形見として「モーニングジュエリー/mourning jewellery」を身につけ、その後40年、生涯に渡って喪に服しました。
‘mourn’は「嘆き悲しむ」「喪に服す」といった意味です。
この指輪は、実際にヴィクトリア女王が身に付けたと言われているモーニングジュエリーのうちのひとつです。
指輪の中心には、アルバート公の肖像画写真が埋め込まれています。
両端の模様は、アルバート公[Prince Albert of Saxe-Coburg-Gotha]のファーストネームであるAlbertの初めの2文字、AとLの文字を表しています。
モーニングジュエリー自体は、それ以前から存在していましたが、ヴィクトリア女王が身に付けたことによってデザインを含め世間に浸透していきました。
「流行は王室から」という要因もありますが、イギリスの近代化、つまり産業革命も大きな要因です。
産業革命以前の世界では、装飾品は職人の手によってひとつずつ丁寧に作られていました。
産業革命によって、工場ができ、機械化による大量生産が可能になったことで、粗悪で低品質な模造的と言われる類の装飾品が作られるようになったのです。
モーニングジュエリーはその後、現在に至るまで人気のある装飾品となっています。
上記の装飾品もモーニングジュエリーの一種です。ロケットタイプのブローチです。ぱっと見分かりにくいですが、施された模様は故人の髪の毛を編み込んで作られています。
このブローチはヴィクトリア女王が身に付けたものではありませんが、ヴィクトリア女王はこのブローチのように、アルバート公の髪の毛を形見としてロケットタイプのブローチに収め身に付けていました。
画像のように、髪の毛を編み込んで模様をデザインしたものもあれば、髪の毛をそのままの形で装飾品に埋め込んだデザインもあります。
ヴィクトリア女王がアルバート公を偲んで、その後生涯身に付けたモーニングジュエリーは、世間に浸透し、故人の形見としてだけでなく、ひとつのファッションアイテムとしても身に付けられるようになりました。
KING&QUEEN展に行かれた際には、ここでお話したことをちょっとだけ思い出してもらえたら嬉しいです。
ちょっと暗いテーマのお話をしたので、最後に、こちらの画像で締めくくりたいと思います。
ヴィクトリア女王とアルバート公の結婚式の際に出されたウェディングケーキの挿絵です。
豪華で美的ですね。
とても優美で繊細な装飾が施されたケーキは、食べるには勿体ないと庶民の私は思ってしまいました。
トップ部分のデコラティブクラフトは崩せません。
そう思いつつ、より惹かれたのは挿絵の美しさ!繊細に描かれた挿絵や、純白×ゴールド×ピンクの配色の美しさにウットリしています。
挿絵の作者はどんな人だろう。ウェディングケーキの歴史はどんな感じなのだろう。
そんなことを妄想しながら、詳細を知りたくなり、手がうずうずしています。
【ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵 KING&QUEEN展 ―名画で読み解く 英国王室物語―】
場所:上野の森美術館
住所:〒110-0007 東京都台東区上野公園1-2
開催期間:
2020年10月10日(土)〜2021年1月11日(月・祝)
※会期中無休
開場時間:10:00~17:00
金曜日は10:00~20:00
<1月1日(金祝)は17:00まで>
※最終入館は閉館の30分前まで
公式サイト:https://www.kingandqueen.jp
※画像は一部公式サイトから引用させていただきました
[参考サイト]
https://www.compassrosedesign.com/pages/history-of-victorian-mourning-jewelry
https://artofmourning.com/2015/03/02/victorias-photographic-mourning-ring-for-albert-1861/
http://academic.brooklyn.cuny.edu/english/melani/novel_19c/thackeray/angel.html