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深谷忠記「無罪」加害者と被害者、双方の苦悩、そしてジレンマを描く重厚な心理ミステリー 角川文庫

20代後半の頃、短い間でしたが知人に頼まれて、ある学習塾の受付をしていた時があります。

小中学生が対象なので子供たちが塾に来るのは早くても3時半くらいでした。
その日は2時に出勤し、教室の掃除をしていました。

駅前の一角で周囲には大きな商業施設がありました。
3時を過ぎたころ、外から救急車のサイレンの音が。
どうやら商業施設の前に止まったようです。
人が多い駅前なので割と日常的にあることと気に留めなかったのですが、その日はパトカーのサイレン音も同時にあることに気付きました。
(何事?)
しばらくすると刑事さんが2名、塾にやってきました。
(事件の匂い…)
話によるとエレベーターに乗っていた幼い兄妹が中年の女にナイフで刺されたということです。
「私じゃないですよ」
とっさに出た言葉に刑事さんが笑ったことを覚えています。
妖しい女が来なかったか、あるいは見なかったか聞きたかったようです。

刑事さんが帰った後、やじうま根性から商業施設に行ってしまった。

事件現場の周囲には黄色の規制線が貼られ、止まったエレベーターの中と外にはまだ生々しい血痕が残っていました。

事件後、すぐ近くに住む女が逮捕されましたが、精神疾患で自宅療養中だったらしく
「殺せと言われた」
とか意味の分からぬことを言っていたとのこと。
風のうわさで1年もたたぬうちに退院して家にいると聞きました。
逮捕ではなく措置入院だったということです。

被害に遭ったご兄妹は、2人とも一命はとりとめたようです。
しかし、幼い心には消えないトラウマとなるのだろうと思うと、いたたまれない気持ちになる事件でした。
大人の私でさえあれからエレベーターが怖くて乗れないのですから…。

さて今回ご紹介する小説は深谷忠記さんの「無罪」です。



では、あらすじを簡単に

息子と妻をシンナー中毒の通り魔に殺された新聞記者の小坂宏樹は、愛する者を失い、松本にある支社で日々を怠惰に過ごしています。
ある日、小坂は取材で知り合った大学准教授・平沼克則の家を見張っている女性に出会います。
実は、平沼の妻香織は11年前、我が子2人を殺しながら心神喪失と判断され、無罪判決を受けていたのです―。
愛する息子と妻を通り魔に殺された男。
我が子を殺しながら、心神喪失で無罪となった女。
刑法第39条(心身喪失者の行為は罰しない,心神耗弱者の行為はその刑を減刑する)によって翻弄された2人の人生が交錯するとき…。

作家情報

作者は深谷忠記さんです。
1982年『ハーメルンの笛を聴け』が江戸川乱歩賞候補となり、同年、「おちこぼれ探偵塾」(後に、「偏差値殺人事件」に改題)という作品で作家デビューを果たします。
1985年には『殺人ウイルスを追え』で第3回サントリーミステリー大賞の佳作に入選し、本格派の新鋭として注目を集めました。
数学者の黒江壮と出版社の文芸部員・笹谷美緒のコンビを主人公にしたトラベルミステリーや歴史ミステリーのシリーズは、映像化された作品も多数あります。
2000年以降『目撃』『Pの迷宮』『審判』『毒』『傷』『殺人者』といった社会派本格ミステリーを中心に執筆されています。
この作品も社会派ミステリーになりますね。

刑法第39条がもたらしたものは…。

小坂は我が子をシンナー中毒の通り魔に殺され、妻は子の葬儀の後に自殺してしまい、いっぺんに愛するもの2人を失った新聞記者です。
一方の平沼香織は長女の有名私立校進学へのプレッシャーでノイローゼに陥り、我が子2人と無理心中を図り生き残ってしまいます。

2つの事件に全く関連はないのですが、唯一共通するのが『刑法第39条(心身喪失者の行為は罰しない,心神耗弱者の行為はその刑を減刑する)』なのです。

物語は被害者、加害者両方の視点で語られていきます。
2人の味わう葛藤や後悔、罪の意識などの心理的な状況が、淡々と静かに描かれています。
当事者にしかわからない心理は切なく、そしてとても重く胸に響きます。

香織の周辺で起こる妖しい事象などはミステリー要素もあり、ぐいぐい話に引き込まれてしまいます。

重厚でとても深いです。週末に時間をかけてじっくり読みたい作品です。

無罪
著者:深谷忠記
出版社:徳間書店
発行:2011年8月26日

※画像はAmazonより引用させていただきました

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