• HOME
  • ブログ
  • 書籍
  • イヤミスの女王が贈る、ふわふわした眩暈が襲ってくるような不思議な読後感の小説「彼女がその名を知らない鳥たち」沼田まほかる著

イヤミスの女王が贈る、ふわふわした眩暈が襲ってくるような不思議な読後感の小説「彼女がその名を知らない鳥たち」沼田まほかる著

ここ数週間、日が暮れる頃になると、ムクドリの大群が家の周囲に現れます。
その数は日に日に増えています。
何千羽?いや、何万羽かもしれないな。
圧巻ですよ。
「今日も来たね」と猫と眺める毎日。

どうやら、街にいた鳥たちが追いやられて私の住む山間部に移動してきたようです。

ところが、先日の夕方、我が家の近くで、何かが弾けるような大きな音が何度も何度も聞こえてきました。
近くで家を建てているので工事音だと思っていたのですが、どうやらムクドリを追い払うためにオジサンたちが何人かで花火のようなものを打ち上げていたようです。
ムクドリの声よりもうるさいわ!

街を追われ山に来たのに、山でも追われるって…。
でも、鳴き声をうるさいと感じる人や、車や家などが糞で汚されて迷惑だと感じている人も居るということは事実ですしね。
わかるよ。
けれど、なんだか心がモヤモヤします。

さて、今回ご紹介するのは沼田まほかる著「彼女がその名を知らない鳥たち」です。
この作品のモヤモヤ度ったら私のモヤモヤとはレベルが違います。

では、あらすじを簡単に。

~北原十和子は、淋しさから十五歳上の佐野陣治と共に暮らし、働きもせず自堕落な生活を送っている。下品で、貧相で、地位もお金もない陣治。彼を激しく嫌悪しながらも離れられない十和子。かつての恋人・黒崎俊一のことをいまだに忘れられずにいる十和子は、ある日、腕時計の故障の件でクレームを入れた百貨店の店員・水島と知り合う。十和子は彼との関係を深めていき、肉体関係を結ぶようになる。水島に黒崎の影を重ねる十和子だったが、ある時十和子の住まいに警察が訪ねてきて、黒崎が5年前に失踪したことを伝える。その事実を知った十和子は、同居人の陣治が事件に関わっているのではないかと疑い始めていく…

作者の沼田まほかるは、意外な経歴を持つ作家としても知られています。
自身の実家で僧侶として後を継いだ夫との離婚後は、自らが得度し僧侶になり、40代半ばで僧侶を辞した後は建設コンサルタント会社を設立。
ですがこれも10年ほどで倒産。
そして50代半ばで最初に執筆した作品が「九月が永遠に続けば」です。
当時でも56歳という遅咲きですが、さらに、しばらくは陽の目を見ず、2012年「ユリゴコロ」が大藪春彦賞を受賞したことをきっかけに、文庫版は半年で60万部が増刷され、合わせて過去作も一気に売れ出したそうです。
計4冊の発行部数はなんと、120万部超え!

波乱万丈の人生経験からか、人の心の闇や狡さなど、人間の“業”を感じさせる作品が多いですね。
湊かなえ、真梨幸子と共に“イヤミス”の三大女王として知られています。
(イヤミスとはミステリー小説ですが、読んだ後に嫌な気分になる小説のこと)

物語は中盤までは十和子が纏う陰鬱な空気や、陣治への憎悪かと思われるような嫌悪感、またそう思われても仕方がないと思わされる陣治の下品さや汚さなどが緻密に描写され、2人の暮らす部屋の淀んだ重い空気まで伝わって来るようです。
読んでいると、食欲が無くなるほどの描写をこれでもかと突き付けてきます。
でも、怖いもの見たさで読み進めちゃうんですよね。
もはやホラーの領域です。
“生理的に無理”という嫌悪感を描写する作者の表現力に圧倒されます。

十和子も序盤は、昔の恋を引きずっている寂しくて儚げな女性に思えますが、黒崎に似た水島との関係に溺れてゆく辺りから、怠惰で空っぽな女に思えてきてイライラ度MAXです。
しかし、黒崎の失踪を知った辺りからのサスペンス感は、読者も十和子の困惑に引きずり込まれるような疾走感と、不安を同時に味わうことが出来ます。
様々に張り巡らされた伏線が見事に、そして美しく回収されるラストには思わず涙してしまいました。

共感できない登場人物が繰り広げる極上の純愛小説。
それは、クラクラする眩暈ではなく、ふわふわした眩暈が襲ってくるような不思議な読後感の作品です。
この世界観、クセになるかも?

彼女がその名を知らない鳥たち
著者:沼田まほかる
出版社:幻冬舎
発行:2006年10月1日

※画像はAmazonより引用させていただきました

関連記事一覧