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19世紀末の芸術に魅了されすぎたら世界が広がった☆the decadence☆ vol.18【絵画の中の恋愛物語-後編】

皆さん、こんにちは。
皆さんは「花言葉」に興味はありますか。
私は、絵画に興味を持つようになってから「花言葉」が好きになりました。
「花言葉」はそれ以前にペルシャや中東で習慣として存在していましたが、ヴィクトリア朝時代(1837-1901)のイギリスで『花言葉辞典』なるものが作られたことで、広まったと言われています。
そういえば、夏目漱石が当時のロンドンへの留学中に入手した書籍の中に『花言葉辞典』があったのをふと思い出しました。
私たち日本人が知っている「花言葉」も当時の西洋から伝わりましたが、そもそも「花言葉」って何??とその歴史が気になり、調べたことがあります。

ヴィクトリア朝時代のイギリスでは、上流階級の人々にはエチケットが求められました。
そのひとつに「直接的に言ったり、書いたりするのはNG」な言葉が複数存在していました。
その中には、良い意味の言葉も悪い意味の言葉も含まれていました。
そういった言葉をほのめかす手段として「花言葉」が使われるようになりました。
そして、「花言葉」という表現であるfloriography(flora/花+graphy/表現されたもの)という言葉も普及しました。
flower languageという表現より威厳がある言い方が個人的には好きです。

このようにして、上流階級の人々の間で礼儀作法として広まった「花言葉」は、上流階級に憧れを抱いていた中流階級にも伝わり、画家らも絵画の中で「花言葉」の持つメッセージに従って花を描きました。
ラファエル前派兄弟団のジョン・エヴァレット・ミレイ[John Everett Millais/1829–1896]作の『オフィーリア』は、彼の代表作のひとつですが、この絵画には花が多く描かれており、そのひとつひとつがメッセージ性を持っていることでも知られています。


このように、19世紀以後の絵画に描かれた花にはメッセージ性が含まれていることが多く見受けられます。
今回はこういった絵画のうちのひとつについてお話したいと思います。



椿かスミレか、どっちを選ぶ?

前回に引き続き、今回も絵画に描かれた恋愛物語のお話です。

Portrait of Dame Ellen Terry or Choosing, 1864
George Frederic Watts
油彩, ナショナル・ポートレート・ギャラリー
画像引用元:https://www.npg.org.uk/collections/search/portrait/mw06269/Ellen-Terry-Choosing?search=sp&sText=watts+choosing&firstRun=true&rNo=0


美しい少女と椿の花が描かれています。
この少女は17歳。

この作品の作者は夫であるジョージ・フレデリック・ワッツ[George Frederic Watts /1817–1904]、47歳‼です。
ワッツはラファエル前派兄弟団のリーダーであるロゼッティの影響を受けた画家です。
少女は当世の大女優エレン・テリー[Ellen Terry /1847 -1928]。
役者一家に生まれたエレンは、幼少期から舞台に立つ傍ら、ラファエル前派兄弟団や彼らの影響を受けた画家らのモデルを務めていました。

モデルを務めるエレンを見て、ワッツは彼女に恋をしてしまいました。
今の時代なら女子高生の年齢のエレンが、30歳も年上の人に対して恋愛感情を??持ったかどうか分かりませんが、少なくとも紳士的で上品なワッツに対してエレンは大人の魅力を感じたらしいです。
エレンが17歳になるちょっと前に2人は結婚しました。
この絵画は2人の結婚式の後に描かれました。

絵画のタイトルは『エレン・テリーの肖像画』または『選択』です。
『選択』というタイトルにはエレンに対するワッツの想いと、エレンのその後の生き様が現れているように思えます。

エレンの顔周りには、華やかな椿の花が咲き誇っています。
よく見ると、最下部にエレンが左手に何か持っている姿が見られます。
これはスミレの花です。
タイトルの通り、エレンがどちらの花を「選択」するか、その場面が描かれています。
彼女が椿に興味を示していることは明らかですよね。

当時のイギリスでは、椿の花は「崇拝」「憧れ」「完璧」、スミレの花は「忠実」「謙虚」といった意味合いを持っていました。
ワッツは、椿とスミレの花言葉を通して、エレンが今後、女優として脚光や称賛を浴びる憧れの存在としてやっていくか、中流階級の淑女のように、夫であるワッツに忠実に、慎ましく暮らしていくか、彼女の選択を描きました。

ワッツとの結婚後、一旦は舞台から身を引いたエレンですが、ワッツはおそらくエレンの選択を既に分かっていたのではないかな、と個人的には感じています。
というのは、エレン自身が当時を振り返った話の中で、彼女が絵画の中で着ている衣装は、ウェディングドレスで、色合いはくすんだブラウン系だった、と語っていたからです。

でも、この絵画に描かれた衣装の色は深みのあるグリーンですよね。
エレンが椿に囲まれたことで、光によって椿の葉や花の色がウェディングドレスに投影されているのでは??
これって、舞台に立った女優さんがスポットライトを浴びることで衣装の色合いが変化する姿と重ね合わされているように思えませんか?
主観にすぎませんが、この絵画が描かれた、結婚してまだ間もない頃、すでにエレンが「淑女」ではなく「女優」を選択するであろうことを寂しいながらも感じていたのかな、と考えてしまいます。

ところで、このウェディングドレスもラファエル前派兄弟団との縁を持っているんです!
主要メンバーのひとりであるホルマン・ハント[William Holman Hunt/ 1827-1910]がデザインし、送ったものらしいのです。

恋多き大女優エレン・テリーの恋愛物語

エレンはワッツの予想どおり、舞台復帰しました。
結婚後、1年未満で破綻し、その後、エレンは一流の老舗百貨店であるリバティ商会の服飾部門の統括を務める建築家エドワード・ゴドウィン[Edward William Godwin/ 1833-1886]と「不倫」、駆け落ちしました。
というのも、ワッツはエレンとの離婚を未だ認めていなかったのです。
エレンとゴドウィンはその後、子どもを2人授かりました。
リバティ商会では、アバンギャルドなデザインの服や舞台衣装が売られており、普段着としても舞台衣装用にもエレンのお気に入りの店でした。
リバティ商会は、ラファエル前派兄弟団や彼らを支持する画家や詩人、脚本家、絵画モデルなど、ラファエル前派兄弟団や彼らの知り合いの集まる場所でもありました。

ゴドウィンとは結局破局したのですが、その後も彼女の恋愛は続きました。
エレンが60歳の時、約30歳年下の役者と結婚しました。
その結婚生活も破局に終わるのですが、「エレンの子どもが2人とも新しい父親を好きになれなかったから」というのも理由のひとつだそう。
エレンの子どもって「新しい父親」より10歳ぐらい年上ですよね…。

エレンが17歳の時に選んだ『選択』は、やがて19世紀後半から20世紀初頭まで大女優として活躍し、恋多きひとりの女性の姿だったのですね。

[参考サイト]
https://www.proflowers.com/blog/floriography-language-flowers-victorian-era
https://www.npg.org.uk/collections/search/portraitExtended/mw06269/Ellen-Terry-Choosing

vol.17,18と2回に渡って絵画に描かれた恋愛物語についてお話してきました。絵画に描かれた物語の話はまだまだ尽きませんが、次回は2019年に開催された展覧会についてお話したいと思います。

ちなみに、「花言葉」は時代や地域によって異なることも多々あります。
今回は、19世紀イギリスにおける「花言葉」のメッセージ性を扱ってお話させて戴きました。

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