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よるくも

残酷な世界に生きる無垢で無情な殺し屋。漫画「よるくも」漆原ミチ著

「夜に見た蜘蛛は殺してはいけない。福を運んでくる。だから“よくも来てくれました”なんだよ」
母親に聞いたのか、それとも祖父母に聞いたのか、今までずっとそう思っていました。
蜘蛛嫌いな息子にもそう話したと思います。

しかし、今回ご紹介する漫画のタイトルが「よるくも」なので調べてみるとこれがビックリ!
“夜蜘蛛殺す”がなんとまあ多いこと!
「朝蜘蛛は親の仇でも殺すな。夜蜘蛛は親でも殺せ」
と真逆な言い伝えがあるんですね。

まあ、どちらにせよ無闇な殺生はしない方がいいですよね。

蜘蛛さんは家にいる害虫(ダニやゴキブリ)などを食べてくれる益虫でもあるのですから…。

さて、今回ご紹介するのは漫画「よるくも」です。黒髪・長身・無表情。私のドストライク。



では、あらすじを簡単に

この[世界]には、上・中・下、がある。
富めるものの住む[街]。貧しいものの住む[畑]。その下に、深く、暗い[森]――。
キヨコは“畑”の屋台通りで死んだ父の遺した店「高岡飯店」と「味」を、未亡人でちょっとエロい母を支えながら看板娘として切り盛りしています。
「うまいものをちょっとでも安く食ってもらう」と言う父の遺志を受け継ぐ働き者です。
ある日、店の常連である「荒磯精肉店」の店長中田に〔森〕出身の青年、小辰の飯の面倒をみるよう頼まれます。
実は小辰は〔森〕で使い捨ての“虫”として生まれ、度重なる生体実験により、感情も持たず、痛覚も無く、そして読み書きの知識もありません。
恐ろしい生体実験を生き延びた彼は、実は中田の指示により淡々と殺しを行う殺し屋“よるくも”だったのです。
キヨコとよるくも、2人の出会いによって日常、そして〔世界〕が少しずつ壊れていく…。

作家情報

作者の漆原ミチさんは2009年『月刊IKKI』で掲載された本作でデビューしています。
他作品は『ありごけ』『鬼談百景』です。

作者によると「よるくも」は自身が住んでいる土地の言い伝えで
「朝蜘蛛はますに入れて神棚にまつれ
    夜蜘蛛は親に似てようが殺せ」
とあるようですが、あとがきによると、どうやら彼女は蜘蛛を殺せなかったようです。
しかしそこから
~人が避けているもの、忌んでいるものはそれが哀れに思えても同情してしまえば、自分の身を滅ぼすようなことになるのではないか?~
と思い、それが本作の題材となったようです。

生きること

主人公のキヨコは畑にある父が遺した「高岡飯店」を母親と2人で切り盛りする働き者の看板娘です。
母親曰く「メシに命をかけている」らしく、過密集で昼間も陽が差さず、あらゆる犯罪の温床である”森“にも一人で食材調達に行ってしまうほど。

この“森”の描写が香港にあった九龍街を思わせます。

明らかに線引きされ区別されている“街” “畑” “森”。
しかし、“街”の詳細だけはあまり明かされてはいないけれど、“畑” “森”にいたっては同じ住人同士の中にも差別や偏見が当たり前のように行われています。

例えば、畑にある店には「片手の印」「両手の印」がついている店があります。
「片手の印」は“街”の人間の出入りしか許されません。
「両手の印」が付いた店はどの町の住人でも大歓迎。本来はそれが当たり前。
キヨコはそんな区別をすることを「カッコ悪い」「恥ずかしい」
と言います。

コロナ禍で感染者への差別や嫌がらせ、他県ナンバー狩り、マスク警察…等々が表面化している今の日本の現実とリンクしているようでとても考えさせられました。
キヨコのように「カッコ悪い」と言える人でいたいな。

登場人物の誰もがどこかしら歪んでいたり壊れていたりしますが、それにははっきりとした原因があるという背景がしっかりと描かれているので、人間味があり共感できる部分も多くあります。

グロテスクで残酷なシーンが多い本作ですが、根源にあるテーマは
「食べることは命を続けること、繋ぐこと」にあると思います。
人は何かを食べて生き、人に食べられたものは人の命を繋ぐ…。

絶望の中にも強く生きようとするキヨコと、無垢な殺し屋よるくもに幸せな朝がずっと続くといいなと思いました。
残酷で不公平な世界感ですが、どんどんストーリーに引き込まれていく深いテーマを秘めた作品です。

よるくも
著者:漆原ミチ
出版社:小学館
発行:2011年1月28日第1巻発行

※画像はAmazonより引用させていただきました

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