混沌と進化が共存する不思議な町ナポリとは
南イタリアの中心的な都市ナポリ。
ナポリに行ったことはなくても、その名を知らないという人は少ないかもしれません。
南イタリアの明るい太陽と青い海と陽気な人々。
そんなイメージがあるナポリは、実際にはどんな町なのでしょうか。
口八丁手八丁のナポリっ子!
イタリアで「ナポリ」という言葉が持つイメージはなかなか複雑です。
南北に長いイタリアは、ミラノを中心とする北部が経済的に突出しており、南部はイタリアのお荷物といわれることも多々あります。
ナポリはその南部を代表する町でもあるのです。
にもかかわらず、北部の人々にとってナポリは侮ることができない町。
それはこの町の人々が持つ、さまざまな技術力です。
たとえば食について考えてみましょう。
ナポリのピッツァといえば、ユネスコの無形文化遺産に認定されたほど、長い歴史と優れた技術を有しています。ピッツァはイタリア中で作られていますが、ナポリのピッツァの美味を凌駕することができないのが他都市のピッツァです。
コーヒーも同じ。
ナポリで飲むコーヒーの美味しさはイタリア一といわれていますが、その原因は誰もわからないまま。水が美味しいのだとかナポリの魔法だとか諸説あるのですが、とにかく摩訶不思議な現象としか言いようがありません。
そしてパスタについても、イタリア人はナポリに感謝せざるを得ないのです。なぜなら、パスタとトマトソースの組み合わせを思いついたのは、あるナポリの貴族でした。1837年にこのナポリ貴族がパスタにトマトソースを絡めるというアイデアを世に送り出さなかったら、イタリアの国民食は存在しなかったことになります。
レモンやリコッタチーズで有名なナポリですから、お菓子が美味しいのもむべなるかな。
これもまた、他都市では模倣不可能な美味を醸し出すのです。
ファッションの分野を見ても、偉大なデザイナーがミラノでいくら活躍しようと、彼らのデザインを体現するナポリの工房がなければ会社は立ち行かないとさえ言われています。特に紳士服の技術は、ナポリ人のセンスに依るところが大きいというのがイタリア国内の一般的な意見なのです。
そしてなによりもナポリっ子は口も上手で、観光客にも愛想がよく、ちょっとクールなイメージのミラノ人やプライドの高いフィレンツェ人とは、一線を画す性質を有しているのです。
町はゴミだらけ、それでもたくましいナポリの庶民たち
日本でも数年前に、ナポリのごみ問題が話題になったことがありました。
マフィアも絡んでいるといわれたこのごみ問題、実は少しも解決されていないことがナポリの町を歩くとわかります。
私にはなじみの深いローマの町も決して清潔とは言いがたいのですが、ナポリ駅周辺のごみの散乱ぶりには呆然とするほどでした。実はナポリの国鉄の駅や地下鉄の駅は、それぞれ高名な建築家に依頼したもので、他の類を見ないほどモダンなものです。
そうしたアバンギャルドな芸術性と、いっこうに解決しないごみ問題が混在するナポリで、ナポリの人たちはとてもポジティブに陽気に生きています。
実はナポリの歴史は、単純ではありません。
古代ローマ時代には、その穏やかな気候と風光明媚が皇帝たちの愛するところとなり、貴族たちもこぞって別荘を建てました。ローマ帝国の2代目ティベリウス帝は、ナポリ周辺の気候が気に入りカプリ島で没しているほど。
ベスビオ火山の噴火によって火山灰に埋もれたポンペイの遺跡と見れば、当時の進んだインフラ技術や人々の生活ぶりが見て取れます。
中世から近代にかけてナポリは、ノルマン人、フランス人、スペイン人の支配下に置かれていました。
しかしいつの時代もナポリっ子はたくましく、支配者が変わろうともその気質を曲げず、常にヨーロッパの最先端の町として生き残ってきたのです。
ナポリはマフィアの町?
イタリアにおけるマフィア問題は大変複雑で、説明するのは不可能です。
しかしナポリをはじめとする南イタリアには、さまざまなマフィアの組織も存在することは間違いありません。
ところがこのマフィアにも楽しい不文律がありまして、ナポリのドゥオモに収められている聖ジェンナーロの宝物にだけは絶対に手を付けてはならないことになっているそうです。
聖ジェンナーロはナポリの守護聖人で、数世紀にわたってナポリの支配者たちが彼に奉献した宝石がざくざくドゥオモに残されているのです。その宝石の価値は、エリザベス女王所有の物を超える価値があるとも言われています。
しかしナポリを守護するこの聖人に属する宝石は、いかに横暴なマフィアともいえども手を付けない。
放埓に見えて律義なナポリの気質を、マフィアも踏襲しているのかと思うと、ナポリは本当にミステリアスな町なのです。
機械?それは壊れるもの
ちなみに今回私は、初めてナポリの地下鉄を使用しました。
各駅には、2台の券売機しかありません。そしてどの機械も故障中なのです。
機械には、こんな紙が貼られていました。
「これは機械です。機械は壊れます。お金を入れても切符が出てこなかったりお釣りが出てこなくても、だれの責任ではありません」
その開き直りに清々しささえ感じながら、私は駅員さんにどこで切符を買えばいいのか尋ねました。
駅員さんは改札口を開けて「どうぞ」と構内に入れてくれました。
そう、私は人生初の無賃乗車をナポリで体験することになったのです。しかし夫によると、ナポリではこんなことは日常茶飯事なのだとか。
なにもかも完璧に起動している日本から見るとあり得ないほどのめちゃくちゃぶり。
それでもナポリは、イタリアにおける摩訶不思議なパワーを持つ町として生き残り続けるのでしょう。