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デフ・ヴォイス法廷の手話通訳士

過去と現在の殺人事件に挑む手話通訳士 小説「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」丸山正樹著

新型コロナウィルスの感染防止のために母親が3か月に1度、通院している大きな病院の図書室も閉鎖されてしまいました。
病院内にある図書室は開放的でとても過ごしやすく、小説や漫画の他には美術書や写真集まであり、あくまでも母親の付き添いなのですが、図書室で過ごせることも目的のひとつでした。
それが、閉鎖とは、切ないな。

今回ご紹介する小説はその病院の図書室で出会った小説です。
大きな病院の待ち時間は長いのでじっくり時間をかけて読んでいたのですが、早く先が読みたくなり、病院帰りに書店で購入した作品です。

丸山正樹さんの小説「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」です。



では、あらすじを簡単に

荒井尚人は元・警察の事務員でした。しかしある出来事がきっかけで警察をやめざるを得なくなり、それ以降は夜間警備のアルバイトで生計を立てています。
しかし、そんな生活は苦しく、やむなく手話通訳士の資格を取り、手話通訳士として働き始めます。
そんな折、荒井がいた署の知り合いの刑事から連絡がきます。
最近起きた殺人事件の被害者が、17年前におきた殺人事件の被害者の息子だというのです。
荒井の脳裏に、苦い経験が甦ります。
17年前に被害者だった男性は、ろう児施設の理事長でした。事件後間もなくしてひとりのろう者が自首し、荒井はその手話通訳をつとめたのですが、彼の”声”をきちんと周囲に伝えられなかったという深い後悔の念が、心に刺さったままだったのです。

作家情報

作者は丸山正樹さんです。
大学を卒業後、広告代理店でアルバイトののち、フリーランスのシナリオライターとして、企業・官公庁の広報ビデオから、映画、オリジナルビデオ、テレビドラマ、ドキュメンタリー、舞台などの脚本を手掛けていたそうです。
2011年に今回ご紹介する『デフ・ヴォイス』で小説家デビューしました。
作者あとがきによると、
“手話には
『日本手話』と『日本語対応手話』の二つがあるということ
「先天性の失聴者の多くは誇りを持って自らを『ろう者』と称する
これは、非常に新鮮な驚きと同時に、大きな感銘を受けた。”
-「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」あとがきより引用-
と述べられています。
そして、より多くの人に小説を通してこの事実を知ってほしいとの思いを込めた作品だということです。

自身の存在意義

実は荒井は両親と兄の全員がろう者で、自分ひとりが聴者という家庭で育った子供でした。
『コーダ』(聴こえる子)と呼ばれる存在だったのです。
両親は自分たちと同じろう者の兄を溺愛していました。
荒井は世間とのいわゆる橋渡し的な役割を期待されていた子です。
一方で聴者からは“ろう者の子ども”として扱われます。
どちらの世界にも属すことが出来ない荒井は、自身の存在意義を見いだすことが出来ず、手話ができることをひた隠しながら暮らしていました。
それは本来の自分自身をも偽ることになり、人との関係を築くことに恐れを感じ、距離を取らざるを得ない荒井は、妻とも離婚しています。
現在の恋人にも過去を語ることは避けています。

“本当は通訳なんかしたくない”
荒井の子供時代が紐解かれていくにつれその思いに秘められた哀しみに胸が締め付けられます。

とはいえ手話には2種類あるということ、『コーダ』(聴こえる子)と呼ばれる子供たちのこと、この本を読まなければ知りえなかったことを知ることで、世界が少し広がったような充実感を感じました。

ミステリーとしても読み応えがあり、テンポよくストーリーが進んでいくので一気に読んでしまいました。
痛ましい事件は悲しい結末を迎えますが、自身の過去と向き合い苦悩しながらも役割をしっかり果たそうとする荒井の姿勢はとても潔く思えました。
前向きな予感がするラストは爽やかな余韻を胸に残してくれます。
音のない静かな世界でも表現豊かな“日本手話”という言語を持つろう者の世界を知るきっかけになる本です。
『龍の耳を君に』(創元推理文庫)、『慟哭は聴こえない』(東京創元社)と続編も出版されていますので興味を持たれた方は是非、シリーズで読むことをお勧めします。

デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士
著者:丸山正樹
出版社:文藝春秋
発行:2011年7月25日

※画像はAmazonより引用させていただきました

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